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身を持し心に物をなげかざれ - Take care of yourself, and do not burden your mind with grief.

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本文 いかでか病も失せ寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし 身を持し心に物をなげかざれ いかでか やまい も うせ いのち も のびざるべき と ごうじょう に おぼしめし み を じし こころ に もの を なげかざれ 富木尼御前御返事 ときあまごぜんごへんじ [弓箭御書] ゆみやごしょ (975頁) 建治元年3月 (1275年) 通解(意訳) 法華経の行者ならば、「どうして病気が治らず、寿命の延びないことがあろうか。必ず病を克服できる」と強く信心を奮い起こして、健康的な生活環境を作って体を大切にし、心の中で悲観的になって嘆かず、くよくよしないことが大切である。 英語で御書 Gosho in English Be deeply convinced, then, that your illness cannot possibly persist, and that your life cannot fail to be extended! Take care of yourself, and do not burden your mind with grief. " The Bow and Arrow " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 656 in March, 1275. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation) If you are the Nichiren Buddhist,  "How is never that I can not get rid of my illness and not extend my life. I can overcome the disease."  You should be your faith more stronger in this way. And never be no pessimistic no sad no upset, and be create a healthy living ...

日蓮は今時を得たり - Nichiren has truly been given this time.

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本文 日蓮は今時を得たり豈此の所嘱の本門を弘めざらんや にちれん は いま とき を えたり あに この しょずい の ほんもん を ひろめ ざらんや 妙一女御返事 みょういちあまごへんじ [事理成仏抄] じりじょうぶつしょう (1261頁) 弘安3年7月 (1280年) 通解(意訳) 日蓮は、法華経に説かれている末法に生まれ、妙法流布の時を得たのである。どうして末法において地涌の菩薩に託された、法華経の肝心である本門・南無妙法蓮華経を弘めずにはおられようか。 英語で御書 Gosho in English Nichiren has truly been given this time. How could I possibly not spread the essential teaching, which perfectly suits the age? " The Attainment of Buddhahood in Principle and in Its Actual Aspect " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 892 in July, 1280. [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

人のために火をともせば・我がまへあきらかなるがごとし - if one lights a fire for others, one will brighten one’s own way.

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本文 人に物をほどこせば 我が身のたすけとなる、譬へば 人のために火をともせば・我が まへ あきらかなるがごとし ひと に もの を ほどこせば わがみ の たすけ と なる、たとえば ひと の ため に ひ を ともせば・わが まえ あきらか なる が ごとし 食物三徳御書 しょくもつさんとくごしょ (1598頁) 年月不明 通解(意訳) 人に物を施せば、かえって我が身を助けることに繋がる。例えば、人のために灯をともしてあげれば、自分の前も明るくなるようなものである。 菩薩の心の信心 「人のため」(利他のため)だけを言うと、傲慢になる。「人を救ってあげている」偽善になる。 自分のためにもなっている事を自覚して、初めて『修行させてもらっている』『学ばせてもらっている』という謙虚さが出る。 自他不二です。 人のために尽くしただけ、自分の生命に福運が積まれる。これが『菩薩道』なのです。 - 池田大作 英語で御書 Gosho in English If one gives food to others, one will improve one’s own lot, just as, for example, if one lights a fire for others, one will brighten one’s own way. " On the Three Virtues of Food " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 1060 Unclear Year [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation) Faith of The mind of the Bodhisattva. It will become arrogance and hypocrisy that if you think only "for the people" (for altruism) , or "I'm saving people...

転重軽受と申す法門あり - The principle of Lessening One's Karmic Retribution

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本文 涅槃経に 転重軽受 と申す法門あり、 先業の 重き 今生につきずして 未来に地獄の苦を受くべきが 今生にかかる重苦に値い候へば 地獄の苦み ぱっときへて 死に候へば 人天・三乗・一乗の益を うる事の候 ねはんぎょう に てんじゅうきょうじゅ と もうす ほうもん あり、 せんごう の おもき こんじょう に つきず して みらい に じごく の く を うく べき が こんじょう に かかる じゅうく に あい そうらえば じごく の くるしみ ぱっ と きえて しに そうらえば にんてん・さんじょう・いちじょう の やく を うる こと の そうろう 転重軽受法門 てんじゅうきょうじゅほうもん (1000頁) 文永8年(1271年) 10月 通解(意訳) 涅槃経に「転重軽受(てんじゅうきょうじゅ、重きを転じて軽く受く)」という教えがある。 過去世で犯してきた罪や宿業が重くて今世だけでは消えず、来世でも地獄の苦しみを受けるべきだったところが、法華経の行者となった事で、その罪業が軽くなって今世に出てきたのである。 これを信心で乗り越えることで、地獄のような苦しみがぱっと消えて、今世で全ての罪業を消し去ることができるのである。 さらに、信心を持って死んだなら、様々な妙法の利益を受けることができるのである。 「転重軽受」の法門とは、どんな苦難に出会ったとしても「もっと重い苦難があったかもしれないが、これだけで済んだ」という、前向きな考え方である。苦難に真っ向から向き合い、宿命を自分の使命に変え、自身の生きていく意味を見出すことができるのが、日蓮仏法であり、妙法に縁したことで功徳を受けることができるのである。 英語で御書 Gosho in English The Nirvana Sutra teaches the principle of lessening one’s karmic retribution.  If one’s heavy karma from the past is not expiated within this lifetime, one must undergo the sufferings of hell in the future, but if ...

国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし - As first one person, then two persons, then a thousand, ten thousand, a hundred thousand, and then all the people throughout the country come to chant the daimoku, before you know it, their blessings will accrue to you.

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本文 便宜ごとの青鳧五連の御志は 日本国の法華経の題目を弘めさせ給ふ人に当れり、  国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば存外に功徳身にあつまらせ給うべし、 其の功徳は大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し べんぎごと の せいふ ごれん の おんこころざし は にほんこく の ほけきょう の だいもく を ひろめ させ たもう ひと に あたれり、 くにじゅう の ひとびと・ひとり・ふたり・ないし いっせんまんおく の ひと・だいもく を となうる ならば ぞんがい に くどく みに あつまらせ たもうべし、 その くどく は たいかい の つゆ を あつめ しゅみせん の みじん を つむ が ごとし 妙密上人御消息 みょうみつしょうにんごしょうそく [法華経功徳抄] ほけきょうくどくしょう (1234頁) 建治2年3月 (1276年) 通解(意訳) あなたが便りごとに送ってくださる青鳧(せいふ:当時の通貨=金銭)五連の御供養の志は、日本国に妙法の題目を弘められる人にあたるのである。 国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、知らず知らずのうちに、功徳があなたの身に集まるであろう。 その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山が塵を積んで大きくなっていくようのものである。 英語で御書 Gosho in English Your sincerity in sending a gift of five strings of blue-duck coins whenever the opportunity arises truly entitles you to be known as one who propagates the daimoku of the Lotus Sutra in Japan. As first one person, then two persons, then a thousand, ten thousand, a hundred thousand, and then all the people throughout the country come to chant the daim...

祈祷に於ては顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷有り - Concerning prayer, there are conspicuous prayer and conspicuous response, conspicuous prayer and inconspicuous response, inconspicuous prayer and inconspicuous response, and inconspicuous prayer and conspicuous response.

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本文 祈祷に於ては 顕祈顕応・顕祈冥応・冥祈冥応・冥祈顕応の祈祷 有りと雖も 只 肝要は此の経の信心を致し給い候はば 現当の所願満足 有る可く候 きとう に おいては けんき けんのう・けんき みょうおう・みょうき みょうおう・みょう きけんのう の きとう あり と いえども ただ かんよう は この きょう の しんじん を いたし たまい そうらわば げんとう の しょがん まんぞく ある べく そうろう 道妙禅門御書 どうみょうぜんもんごしょ [四種祈禱御書] ししゅきとうごしょ (1242頁) 建治2年8月 (1276年) 通解(意訳) 祈祷(祈り、信心)には、 顕祈顕応(けんき けんのう:目に見える信心と、何らかの形で見える功徳)、 顕祈冥応(けんき みょうおう:目に見える信心と、目に見えず、未知の間に出ている功徳)、 冥祈冥応(みょうき みょうおう:目には見えない信心と、目には見えない功徳)、 冥祈顕応(みょうき けんのう:目には見えない信心と、目に見える功徳)、 この4種類の信心と功徳の顕れがあると言えども、ただ肝心なことは、妙法の功徳は必ず顕れる事を信じ抜いて、この法華経を信心されるならば、現在及び未来の所願が満足されるであろう。 英語で御書 Gosho in English Concerning prayer, there are conspicuous prayer and conspicuous response, conspicuous prayer and inconspicuous response, inconspicuous prayer and inconspicuous response, and inconspicuous prayer and conspicuous response.  But the only essential point is that, if you believe in this sutra, all your desires will be fulfilled in both the present and the future. " Letter to the Lay Priest Dōm...

南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし - So long as he chants Nam-myoho-renge-kyo, they will invariably protect him.

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本文 行者は必ず不実なりとも・智慧はをろかなりとも・身は不浄なりとも・戒徳は備へずとも・南無妙法蓮華経と申さば必ず守護し給うべし ぎょうじゃ は かならず ふじつ なり とも・ちしゃ は おろか なり とも・み は ふじょう なり とも・かいとく は そなえず とも・なんみょうほうれんげきょう と もうさば かならず しゅご し たもうべし 祈祷抄  きとうしょう (1352頁) 文永9年 (1272年) 通解(意訳) もし行者であるかは真実でないにしても、智慧は愚かであっても、身は不浄であっても、戒徳は備えていなくても、ただ南無妙法蓮華経とならば、必ず諸天善神から守護されるべきである。 英語で御書 Gosho in English It makes no difference if the practitioner [ of the Lotus Sutra] himself is lacking in worth, defective in wisdom, impure in his person, and lacking in virtue derived from observing the precepts. So long as he chants Nam-myoho-renge-kyo, they will invariably protect [ by Goodness of the Gods] him. " On Player " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 345 Unclear Month, 1272. [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

金剛不滅の仏身とならん事 あにかの仏にかわるべきや - Attain the Buddha’s body, which is as indestructible as a diamond. How then could they be different from that Buddha?

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本文 法華経の行者となりて無始色心・本是理性・妙境妙智・金剛不滅の仏身とならん事 あに かの仏にかわるべきや ほけきょう の ぎょうじゃ と なりて むししきしん・ほんぜりしょう・みょうきょうみょうち・こんごうふめつ の ぶっしん と ならん こと あに かの ほとけ に かわるべきや 船守弥三郎許御書 ふなもりやさぶろうもとごしょ  [伊豆流罪事] いずるざいじ (1446頁) 弘長元年6月 (1261年) 通解(意訳) 法華経の行者になったなら、 永遠に生死を繰り返してきた凡夫の生命 に、 本来から仏性が備わっている のだから( 無始色心 ・ 本是理性 、むし しきしん・ほん ぜ りしょう)、 妙法 によって無限の可能性を秘めた 仏の境涯 を開き、 妙法 の当体である御本尊は自分自身の胸中に存在している仏性である事を 理解 し、自覚して( 妙境妙智 、みょうきょう みょうち)、 信心を深く奮い起こしていくことで、 何ものにも永遠に破壊されることない 「絶対的な幸福境涯」( 金剛不滅 、こんごう ふめつ の 仏身)を確立できるのである。 この仏の境涯は、一切衆生に等しく備わっているのだから、どうして釈尊の仏の境涯と異なることがあろうか。 英語で御書 Gosho in English Living beings like ourselves have dwelt in the sea of the sufferings of birth and death since time without beginning. But they become votaries of the Lotus Sutra, and realize that their bodies and minds, which have existed since the beginningless past, are inherently endowed with the eternally unchanging nature; awaken to their mystic reality with their mystic wisdom; and attain the Buddha’s body, ...

我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず - I will be the pillar of Japan. I will be the eyes of Japan. I will be the great ship of Japan. This is my vow, and I will never forsake it!

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本文 大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、 其の外の大難・風の前の塵なるべし、 我日本の柱とならむ我日本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。 だいがん を  たてん にほんこく の くらい を ゆずらん、ほけきょう を すてて かんきょうとう に ついて ごしょう を ごせよ、ふぼ の くび を はねん ねんぶつ もうさずば、なんど の しゅじゅ の だいなん・しゅったい す とも ちしゃ に わが ぎ やぶられずば もちいじ と なり、 そのほか の だいなん・かぜ の まえ の ちり なるべし、 われ にほん の はしら と ならん、われ にほん の がんもく と ならん われ にほん の たいせん と ならん とう と ちかいし ねがい やぶる べからず 開目抄・下  かいもくしょう・げ [ 人本尊開顕書 ] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (232頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) いまこそ大願を立てよう。法華経をすてて観経等の信仰に入り、後生の極楽往生を願うならば、日本国の位を譲ろうとの誘惑があろうとも、また念仏を申さないならば、父母の首を斬りはねるとの脅迫があろうとも、またその他の種々な大難が出来しようとも、智者に日蓮の教義が破られない限り、絶対に他の教義にはしたがうことはない。 この智者にわが義をやぶられる以外の大難は、風の前の塵のごとき問題にならない事件である。 日本国の一切衆生を救うために、われは日本の柱となろう、われは日本の眼目となろう、われは日本の大船となろう等と誓い願った事は、絶対に破ることがないのである。 英語で御書 Gosho in English Here I will make a great vow. Though I might be offered the rulership of Japan if I would only abandon the Lotus Sutra, accept the teachings of th...

ね ふかければ は かれず・いづみに 玉あれば 水 たえず They say that when roots are deep, the leaves will not wither; when there is a jewel in the heart of the fountain, its waters will never cease to flow

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本文 ね ふかければ は かれず・いづみに 玉あれば 水 たえず と 申すやうに・御信心の ね の ふかく・いさぎよき玉の 心のうちに・わたらせ給うか、たうとし たうとし 根 深ければ 葉 枯れず・泉に たま あれば みず 絶えず と もうす ように・ご信心 の 根の深く・いさぎよき たま の こころ の 内に・わたらせ たもうか、尊し、尊し 窪尼御前御返事 くぼのあまごぜんごへんじ (1479頁) 弘安元年6月 (1278年) 通解(意訳) 根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言われている。信心も同じであり、どれほど強い風が草をなびかせようとしても、信心の根が深く張っているならば、倒れることはない。また心の中に信心の玉が輝いていれば、絶えず功徳の水が湧き出るのである。 あなたの心の中に、潔い清らかな信心の玉が輝いているからであろうか。まことに尊いことである。 英語で御書 Gosho in English They say that when roots are deep, the leaves will not wither; when there is a jewel in the heart of the fountain, its waters will never cease to flow. And how deep are the roots of your faith, how pure the jewel in your heart. How admirable, how admirable! " Reply to the Lay Nun of Kubo " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 755 June, 1278. [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The ...

南無妙法蓮華経は精進行なり - Nam-myoho-renge-kyo is just such a “diligent” practice.

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本文 一念に 億劫の辛労を尽せば 本来 無作の三身 念念に起るなり 所謂 南無妙法蓮華経は 精進行なり いちねん に おくごう の しんろう を つくせば ほんらい むさ の さんじん ねんねん に おこる なり いわゆる なんみょうほうれんげきょう は しょうじんぎょう なり 御義口伝 おんぎくでん 廿八品に一文充の大事 にじゅうはちほんにいちもんじゅうのだいじ 湧出品 ゆしゅつぼん (790頁) 通解(意訳) 一念に億劫(おくごう;仏教における時間の最長単位である「劫(こう・ごう)」の一億倍、永劫、永遠)にも匹敵する努力を尽くして仏道修行に励んでいけば、本来、自分自身に具わっている仏の生命(無作の三身。無作:むさ;本来の意、三身:さんじん;仏の三種類の特性)が、瞬間瞬間に起こってくるのである。 いわゆる南無妙法蓮華経と唱えていくことは、精進行である。 英語で御書 Gosho in English If in a single moment of life we exhaust the pains and trials of millions of kalpas, then instant after instant there will arise in us the three Buddha bodies with which we are eternally endowed. Nam-myoho-renge-kyo is just such a “diligent” practice. ==================================== Separate Transmission The Essential Passage in Each of the Twenty-eight Chapters of the Lotus Sutra 15. Emerging from the Earth "The Record of The Orally Transmitted Teachings" Part 1, 214 ==================================== [ --- ] i...

礼儀いささか・をろかに思うべからず - Greets them courteously...never showing them indifference.

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本文 友にあふて礼あれ とは 友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて 礼儀いささか・をろかに思うべからず とも に おうて れい あれ とは ともだち の いちにち に じゅうど・にじゅうど きたれる ひと なり とも せんり・にせんり きたれる ひと の ごとく おもうて れいぎ いささか・おろか に おもう べからず 上野殿御消息 うえのどのごしょうそく [四徳四恩御書] しとくしおんごしょ (1528頁) 建治元年 (1275年) 通解(意訳) 友に会ったら礼儀正しくあれ、というのは、友達で一日に10回、20回と訪ねてくる人であっても、千里・二千里の遠くから訪ねてきた人のように思って、少しも礼儀をおろそかにしてはならない。 英語で御書 Gosho in English Treating one’s friends with courtesy means that, although one may encounter them ten or twenty times in the course of a single day, one greets them courteously as though they had traveled a thousand or two thousand miles to see one, never showing them indifference. " Four Virtues and Four Debts of Gratitude " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 636 in 1275. [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings...

彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり - Slanders are like barking foxes, but Nichiren's followers are like roaring lions.

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本文 各各 師子王の心を取り出して・いかに 人 をどすとも をづる 事なかれ、 師子王は百獣に をぢず・師子の子・又かくのごとし、 彼等は野干の ほうるなり 日蓮が一門は師子の吼るなり おのおの ししおう の こころ を とり いだして いかに ひと おどす とも おずる こと なかれ、 ししおう は ひゃくじゅう に おじず・ しし の こ・また かくのごとし、 かれら は やかん の ほうる なり にちれん が いちもん は しし の ほうる なり 聖人御難事 しょうにんごなんじ (1190頁) 弘安2年10月 (1279年) 通解(意訳) 日蓮と我が弟子ら一門は、一人ひとりが百獣の王ライオン(師子王)の心を取り出して、どのように人に脅されようとも、決して恐れる事があってはならない。ライオン(師子王=師匠)は、他のどんな動物(百獣)をも恐れない。師子の子(弟子)もまた同じである。 彼ら(法華経を非難する人々)は、野犬やキツネらのような畜生が吠えているのと同じである。日蓮と我が弟子ら一門は、師弟が一体となって吼えているのである。 英語で御書 Gosho in English Each of you should summon up the courage of a lion king and never succumb to threats from anyone. The lion king fears no other beast, no do its cubs. Slanders are like barking foxes, but Nichiren's followers are like roaring lions. [Lion king:Teacher, Cubs:Disciples.]  " On Persecutions Befalling the Sage " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 997 in October, 1279. [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大...

法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり - I was the first to reveal as the banner of propagation of the Lotus Sutra this great mandala

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本文 爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん 竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・ 末法二百余年の比(ころ) はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり、 ここ に にちれん いかなる ふしぎ にてや そうらん りゅうじゅ てん しん とう・てんだい みょうらく とう だにも あらわし たまわざる だいまんだら を・ まっぽう にひゃくよねん の ころ はじめて ほっけぐつう の はたじるし と して あらわし たてまつる なり、 是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり、 これ まったく にちれん が じさ に あらず たほうとうちゅう の だい むに せそん ぶんしん の しょぶつ すり かたぎたる ほんぞん なり、 されば首題の五字は中央にかかり・四大天王は宝塔の四方に坐し・ 釈迦・多宝・本化の四菩薩肩を並べ普賢・文殊等・舎利弗・目連等坐を屈し・ されば しゅだい の ごじ は ちゅうおう に かかり・しだい てんのう は ほうとう の しほう に ざ し・ しゃか・たほう・ほんけ の しぼさつ かた を ならべ ふげん・もんじゅ とう・しゃりほつ・もくれん とう ざ を くっし・ 日天・月天・第六天の魔王・竜王・阿修羅・其の外不動・愛染は南北の二方に陣を取り・ 悪逆の達多・愚癡の竜女一座をはり・ 三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神・十羅刹女等・ にってん・がってん・だいろくてん の まおう・りゅうおう・あしゅら・そのほか ふどう・あいぜん は なんぼく の にほう に じん を とり・あくぎゃく の だった・ぐち の りゅうにょ いちざ を はり・ さんぜんせかい の ひと の じゅみょう を うばう あっき たる きしぼじん・じゅうらせつにょ とう・ 加之(しかのみならず)日本国の守護神たる天照太神・八幡大菩薩・天神七代・地神五代の神神・総じて大小の神祇等・体の神つらなる・其の余の用の神豈もるべきや、 しかのみならず にほんこく の しゅごしん たる てんしょうだいじん・はちまんだいぼさつ・てんじんしちだい・ちじんごだい の かみがみ・そうじて だいしょう の じんぎ とう・たい の かみ つらなる・そのよ の ゆう...

「人の地に倒れて還つて地より起つが如し」 - “It is like the case of a person who falls to the ground, but who then pushes himself up from the ground and rises to his feet again.”

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本文 「人の地に倒れて還つて地より起つが如し」等云云、 地に たうれたる人は・かへりて 地より をく 「ひと の ち に たおれて かえって ち より たつ が ごとし」とう うんぬん、 ち に たうれる ひと は・かえりて ち より おく 法華証明抄 ほっけしょうめいしょう [死活抄] しかつしょう (1586頁) 弘安5年2月 (1282年) 通解(意訳) 「人の地に倒れて還って地より起つが如し」等とある。 地に倒れた人は、反対に地によって起きるのである。 宿命転換 「倒れても、また立ち上がればよい。 立ち上がるたびに、より強くなれる。 題目で、打開できない試練などない。 信心で、変毒為薬できない苦難などない」 - 池田大作 英語で御書 Gosho in English “It is like the case of a person who falls to the ground, but who then pushes himself up from the ground and rises to his feet again.” One who has fallen to the ground recovers and rises up from the ground. " The Proof of the Lotus Sutra "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1108 in  February, 1282. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation) Change Karma "No problem even if you fall down, you only need to stand up again. Each time you get up, you can become stronger. There is no ordeal that can not be overcome to DAIMOKU...