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南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が住在空中なり虚空会に住するなり - chant Nam-myoho-renge-kyo and maintain their faith in it, they are “suspended in the air.” They are “suspended in” or participating in the Ceremony in the Air.

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本文 御義口伝に云く見大宝塔とは我等が一身なり住在空中とは我等衆生終に滅に帰する事なり、 今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉りて信心に住する処が住在空中なり虚空会に住するなり 御義口伝 宝塔品廿十箇の大事 第五 見大宝塔住在空中の事 (740頁) 通解(意訳) 御義口伝にいわく、法華経 宝塔本 第五にある「見大宝塔・ 住在空中 」では、私達の一人ひとりの身心が何よりも尊い「宝の塔」であることが説かれている。 「見大宝塔:大宝塔を見る」とは、御本尊を見て南無妙法蓮華経と唱えるその身体(色法)である。 「住在空中・空中に在住せる」とは、 一念を込めて 南無妙法蓮華経と唱える、私達の精神や心(心法)のことである。 妙法に帰依し、妙法を受持する事(色法)と、仏法の真髄・人間哲学を学ぶ精神(心法)とは一体であり、身体と精神はかけ離れたものではなく、身心は一体(色心不二)である。 我々の今生の終りの時、次の来世に向かって滅して、大宇宙に返り(帰依し)、また妙法に巡りあわせて生まれてくることができるという、大宇宙の法則が南無妙法蓮華経の五字七字なのである。 今、日蓮大聖人ならびにわれわれ門下が、南無妙法蓮華経と唱え奉って、信心に励んでいるその身心そのものが尊い仏であり、法華経に説かれている「虚空会の儀」に涌現する「地涌の菩薩」に当てはまるのである。 English Gosho The Record of the Orally Transmitted Teachings says:  The words “saw the great treasure tower” refer to our individual bodies.  “Suspended in the air” refers to the fact that we living beings in the end will pass away and return [to our origin]. Now when Nichiren and his followers chant Nam-myoho-renge-kyo and maintain their faith in it, they are “suspende...