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日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし - If Nichiren's compassion is truly great and encompassing, Nam-myoho-renge-kyo will spread for ten thousand years and more, for all eternity

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本文 日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、 日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、 此の功徳は伝教・天台にも超へ竜樹・迦葉にもすぐれたり 極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、 是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳 にちれん が じひ こうだい ならば なんみょうほうれんげきょう は まんねん の ほか・みらい までも ながるべし、 にほんこく の いっさいしゅじょう の もうもく を ひらける くどく あり、むげんじごく の みち を ふさぎぬ、 この くどく は でんきょう・てんだい にも こえ りゅうじゅ・かしょう にも すぐれたり ごくらく ひゃくねん の しゅぎょう は えど の いちにち の くどく に およばず、しょうぞう にせんねん は まっぽう の いちじ に おとるか、 これ ひとえ に にちれん が ち の かしこき には・あらず とき の しからしむる のみ 報恩抄 ほうおんしょう (329頁)  建治2年7月 (1276年) 通解(意訳) 「南無妙法蓮華経だけが、全世界のあらゆる人々を差別なく救い、自身の仏性に目覚め、自身の妙法の力で幸せをつかむことのできる、真実の法である。この妙法を一切衆生に弘めよう」 という、日蓮の慈悲の心が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年という時をも越えて、未来永遠に流布するに違いない。  日本のあらゆる民衆の、暗く落ち込んでいる盲目の生命を開く功徳がある。無間地獄の道をふさいで、あらゆる苦しみの根源を断ち切るのである。 この功徳は、過去に法華経の教えを説いた日本の伝教大師、中国の天台大師も超えて、さらにはインドの竜樹菩薩、釈迦の十大弟子の一人である、迦葉尊者よりも優れているのである。 極楽百年の修行は、穢土の一日の功徳に及ばない。正像二千年の弘通は、末法の一時の弘通に劣るのである。 これはひとえに日蓮の智慧がすぐれているからではない。弘めるべき時がきたのみである。 英語で御書 Gosho in English If Nichiren's compassion is truly great and encompassing, Nam-m...

いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ - If I speak out, I am fully aware that I will have to contend with the three obstacles and four devils.

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本文 法華経・涅槃経等に 此の二辺を合せ見るに・ いはずば 今生は事なくとも 後生は必ず無間地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし、 王難等・出来の時は 退転すべくは 一度に思ひ止るべしと 且くやすらいし程に 宝塔品の六難九易これなり ほけきょう ねはんぎょう に この にへん を あわせみる に いわずば こんじょう は こと なくとも ごしょう は かならず むけんじごく に おつ べし、いう ならば さんしょうしま かならず きそい おこる べし と・しりぬ、にへん の うち には・いう べし、 おうなん とう・しゅったい の とき は たいてん すべく は いちど に おもい とどまるべし と しばらく やすらいし ほど に ほうとうほん の ろくなんくい これ なり 開目抄・上 かいもくしょう・じょう [人本尊開顕書] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (200頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 法華経・涅槃経等の文に、法華経を説くと様々な困難が競い起こる事について、言うか言わないのかの二辺を合わせ見るに、 言わないならば、今生には事がないけれども後生は必ず無間地獄に堕ちるであろう。 言うならば、三障四魔が競い起こってこれを妨げるのであるということがわかった。 この二辺の中には言うべきである。 しかし王難等の大迫害が起きたなら、一度に思いとどまるであろうと、しばらく考えつつある時に、思い当たったのが宝塔品の六難九易である。 英語で御書 Gosho in English I have considered which course to take in the light of the teachings of the Lotus and Nirvana sutras. If I remain silent, I may escape persecutions in this lifetime, but in my next life I will most certainly fall into the hell of incessant suffering. If I speak out, I am fully aware that I w...

甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず - Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong

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本文 夫れ 木をうえ候には 大風吹き候へども つよき すけを かひぬれば・たうれず、本より生いて候 木なれども 根の弱きは・たうれぬ、 甲斐無き者なれども・たすくる者強ければ たうれず、すこし健の者も 独なれば悪しき みちには・たうれぬ それ き を うえ そうろう には おおかぜ ふき そうらえども つよき すけ を かい ぬれば・たうれず、もと より おいて そうろう き なれども ね の よわき は・たうれぬ、 かい なき もの なれども・たすくる もの つよければ たうれず、すこし けなげ の もの も ひとり なれば あしき みち には・たうれぬ 三三蔵祈雨事 さんさんぞうきうのこと (1468頁) 建治元年6月 (1275年) 通解(意訳) そもそも、木を植えた場合、大風が吹いたとしても、強い支柱で支えてあれば倒れない。元々生えていた木であっても、根が弱ければ倒れてしまう。 弱くて不甲斐ない者であっても、助けるものが強ければ倒れない。すこし強くで頑強な者であっても、独りであれば悪い道では倒れてしまうのである。 善き友 『孤独』になってはいけない。人を『孤独』にしてもいけない。悩みに寄り添って、その苦しい『心音』に耳を傾けてあげなければ。  そうすることによって、じつは自分自身が癒されていくのです。人を受け入れ、励ますことによって、自分の心が励まされ、開かれていくのです。 -池田大作  英語で御書 Gosho in English When a tree has been transplanted,though fierce winds may blow, it will not topple if it has a firm stake to hold it up. but even a tree that has grown up in place may fall over if its roots are weak. Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong, but a person of considerable strength, when alone, may fall down...

元品の無明は第六天の魔王と顕われたり - The fundamental darkness manifests itself as the devil king of the sixth heaven.

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本文 法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶 備われ 元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ 元品の無明は第六天の魔王と顕われたり ほっけしゅう の こころ は いちねん さんぜん・しょうあく しょうぜん・みょうかく の くらい に なお そなわれ がんぽん の ほっしょう は ぼんてん・たいしゃく とう と あらわれ がんぽん の むみょう は だいろくてん の まおう と あらわれたり 治病大小権実違目 じびょうだいしょうごんじついもく (997頁) 弘安元年6月 (1278年) 通解(意訳) 日蓮仏教の根本である、一念三千の法門に人の心(境涯)の善悪を照らせば、善の心も悪の心も、本来人の心の本性に備わっているものである。そのため、仏の境涯を開いたとしても、心の本性が消える訳ではなく、心のあらゆる側面(一念三千)がそのまま備わっているのである。 この法理によって、善心によって開かれた法性には、梵天・帝釈天等の諸天善神の加護が顕れ、無明に陥った悪心には第六天の魔王が顕れるのである。 英語で御書 Gosho in English The heart of the Lotus school is the doctrine of three thousand realms in a single moment of life, which reveals that both good and evil are inherent even in those at the highest stage of perfect enlightenment. The fundamental nature of enlightenment manifests itself as Brahmā and Shakra, whereas the fundamental darkness manifests itself as the devil king of the sixth heaven. " The Treatment of Illness " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1113 in June, 1278.  [ --- ] ...

大人には・いのりなしまいらせ候べし - Calmly continue to offer prayers.

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本文 此の法門の一行 いかなる本意なき事ありとも・みずきかず・いわずして・むつばせ給へ、 大人には・いのりなしまいらせ候べし この ほうもん の いっこう いかなる ほんい なき こと ありとも・みず きかず・いわず して・むつばせ たまえ・だいにん には・いのり なし まいらせ そうろべし 陰徳陽報御書 いんとくようほうごしょ (1178頁)  弘安元年 (1278年) 通解(意訳) この法門の人々とは、たとえどんな不本意なことがあっても、見ず、聞かず、言わずして、仲良くしていきなさい。 おだやかにして、祈っていきなさい。 たがいに尊敬し仲良く前進 (リーダーの心がけとして)当然、根本である信心の大綱は、きちんと指導していかなければならない。 そのうえで、私的なことについては、いちいちこまかく指摘したり、非難しあったりすることは賢明ではない。 人それぞれに個性があり、生き方がある。 生活環境も違う。 たがいに尊重しあい、仲良くしていくことこそが大事である。(中略) たとえ不本意なことがあっても、広々とした心で、忍耐強く、大きく包容し、より強盛な信心に立てるよう激励していくことである。 また大きな立場から、成長を祈ってあげることである。 そうしていけば、本人の信心の深化とともに、しだいに人間的にも成長をめざしていくにちがいない。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English You must be on good terms with those who believe in this teaching, neither seeing, hearing, nor pointing out anything about them that may displease you. Calmly continue to offer prayers.  " Unseen Virtue and Visible Reward "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p.907 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal trans...

ちかいし願やぶるべからず - This is my vow, and I will never forsake it

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本文 大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、 其の外の大難・風の前の塵なるべし、 我 日本の柱とならむ 我 日本の眼目とならむ 我 日本の大船とならむ等 と ちかいし願やぶるべからず。 だいがん を たてん にほんこく の くらい を ゆずらん、ほけきょう を すてて かんきょうとう に ついて ごしょう を ごせよ、ふぼ の くび を はねん ねんぶつ もうさずば、なんど の しゅじゅ の だいなん・しゅったい す とも ちしゃ に わが ぎ やぶられずば もちいじ と なり、 そのほか の だいなん・かぜ の まえ の ちり なるべし、 われ にほん の はしら と ならん、われ にほん の がんもく と ならん われ にほん の たいせん と ならん とう と ちかいし ねがい やぶる べからず。 開目抄・下  かいもくしょう・げ [人本尊開顕書] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (232頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) いまこそ大願を立てよう。法華経をすてて観経等の信仰に入り、後生の極楽往生を願うならば、日本国の位を譲ろうとの誘惑があろうとも、また念仏を申さないならば、父母の首を斬りはねるとの脅迫があろうとも、またその他の種々な大難が出来しようとも、智者に日蓮の教義が破られない限り、絶対に他の教義にはしたがうことはない。 この智者にわが義をやぶられる以外の大難は、風の前の塵のごとき問題にならない事件である。 日本国の一切衆生を救うために、われは日本の柱となろう、われは日本の眼目となろう、われは日本の大船となろう等と誓い願った事は、絶対に破ることがないのである。 英語で御書 Gosho in English Here I will make a great vow. Though I might be offered the rulership of Japan if I would only abandon the Lotus Sutra, accept the teachings of the Meditation Sutra, and loo...

南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人として仏にならざるはなし - Those who so much as one time pronounce the words Nam-myoho-renge-kyo, not one will fail to become a Buddha.

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本文 無量劫が間・一度も そら事なくして其の功に依りて仏となり給いて候が・無一不成仏と申して 南無妙法蓮華経を只一度申せる人・一人として仏にならざるは なしと・とかせ給いて候 釈迦一仏の仰せなりとも 疑うべきにあらざるに・十方の仏の御前にて・なにのゆへにか・そら事 をばせさせ給うべき むりょうこうが あいだ・いちども そらごと なくして その こうに よりて ほとけと なり たまいて そうろうが・むいちふじょうぶつと もうして なんみょうほうれんげきょうを だ いちど もうせし ひと・ひとりとして ほとけに ならざるは なしと・とかせ たまいて そうろう しゃか いちぶつの おおせなり とも うたがうべきに あらざるに・じっぽうの ほとけの ごぜんにて・なにの ゆえにか・そらごと をば せさせ たもうべき 南条殿御返事 なんじょうどのごへんじ [百箇日御書] ひゃっかにちごしょ (1573頁) 弘安3年~弘安4年 (1280年~1281年) 通解(意訳) 釈尊は、無量劫(遥か昔の過去世)の修行の間、一度も虚言(うそ)をつくことはなかった。その功徳によって仏となられた方が「無一不成仏(むいちふじょうぶつ・一人として仏にならないものはない)」と言われて、南無妙法蓮華経とただ一度でも唱えた人は、一人として仏の生命を成かない者はない、と説かれているのである。 虚言を言わなかった釈迦仏がこう仰せになっているだけでも疑う余地はなく、さらに十方の諸仏(諸天善神)も、この事が真実であることを証明したのである。 これ以上、何を理由にしても虚言ではなく、「必ず功徳が顕れる」と、南無妙法蓮華経を深く信受し、題目を唱えていくべきである。 英語で御書 Gosho in English [ Shakyamuni Buddha was ] During those countless kalpas, not once did he tell a lie. And when, as a result of the merit he had gained, he became a Buddha, he declared that "not a one will fail to attain Buddhahood." That is, h...

磁石の鉄を吸うがごとく月の水に遷るがごとく - Like iron drawn to a magnet or the reflection of the moon appearing in the water

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本文 諸天は法華経の行者 出来せば 磁石の鉄を吸うがごとく 月の水に遷るがごとく 須臾に来つて行者に代り 仏前の御誓を はたさせ給べし しょてんは ほけきょうのぎょうじゃ しゅったいせば じしゃくの てつをすうがごとく つきの みずにうつるがごとく しゅゆにきたって ぎょうじゃにかわり ぶつぜんの おんちかいを はたさせたもうべし 開目抄・下  かいもくしょう・げ [人本尊開顕書] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (217頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 諸天善神は、法華経の行者が出来したならば、磁石が鉄を吸うように、月の影がそのまま水に映るように、 ただちに来って、かたく法華経の行者を守護し、行者に代わって難を受けもって、仏前の誓いを果たすべきである。 英語で御書 Gosho in English If a votary of the Lotus Sutra should appear, then, like iron drawn to a magnet or the reflection of the moon appearing in the water, they will instantly come forth to take on his sufferings for him and thereby fulfill the vow that they made in the presence of the Buddha. " The Opening of the Eyes " Part Two "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 261 in February, 1272. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 諸天 は 法華経 の 行者 出来せば 磁石 の 鉄 を 吸う が ごとく 月 の 水 に 遷る が ごとく 須臾 に 来つて 行者 に 代り 仏前 の 御誓 を はたさせ 給べし SHOTEN WA HOKEKYO NO GYŌJA SHUT'TAI SEBA JISHAKU NO TETSU WO...

日蓮一度もしりぞく心なし - Not once have I thought of retreat.

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本文 第六天の魔王・十軍のいくさを・をこして・法華経の行者と生死海の海中にして 同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、 日蓮 其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮 一度もしりぞく心なし だいろくてん の まおう・じゅうぐん の いくさ を・おこして・ほけきょう の ぎょうじゃ と しょうじかいのかいちゅうにしてどうこえどを・とられじ・うばわんと・あらそう、 にちれんそのみにあいあたりてたいへいを・おこしてにじゅうよねんなり、にちれんいちどもしりぞくこころなし 辧殿尼御前御書 べんどのあまごぜんごしょ [大兵興起御書] たいへいこうきごしょ (1224頁) 文永10年9月 (1273年) 通解(意訳) 第六天の魔王は、十種の魔の軍勢(「欲望」、「憂い、悲しみ」「飢えや喉の渇き」「疑いの心」など、10種類の心の迷い)を率いて戦を起こし、法華経の行者を相手に、生死の苦しみの海の中で、同居穢土(どう こ えど、凡夫と聖人が共に住んでいる国土=現実世界)を、「とられまい」「奪おう」と争っている。 日蓮は、その第六天の魔王と戦う身にあって、大きな戦を起こして、二十数年になる。しかしその間、日蓮は一度も退く心はない。 英語で御書 Gosho in English The devil king of the sixth heaven has roused the ten kinds of troops and, in the midst of the sea of the sufferings of birth and death, is at war with the votary of the Lotus Sutra to stop him from taking possession of and to wrest away from him this impure land where both ordinary people and sages dwell. It has been twenty or more years now since I found myself in that situation and began the great battle. Not once have I thoug...

御信心のねのふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか - How deep are the roots of your faith, how pure the jewel in your heart.

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本文 ね ふかければ は かれず・いづみに 玉あれば 水 たえず と 申すやうに・御信心の ね の ふかく・いさぎよき玉の 心のうちに・わたらせ給うか、たうとし たうとし 根 深ければ 葉 枯れず・泉に たま あれば みず 絶えず と もうす ように・ご信心 の 根の深く・いさぎよき たま の こころ の 内に・わたらせ たもうか、尊し、尊し 窪尼御前御返事 くぼのあまごぜんごへんじ (1479頁) 弘安元年6月 (1278年) 通解(意訳) 根が深ければ葉は枯れず、泉に玉があれば水が絶えないと言われている。信心も同じであり、どれほど強い風が草をなびかせようとしても、信心の根が深く張っているならば、倒れることはない。また心の中に信心の玉が輝いていれば、絶えず功徳の水が湧き出るのである。 あなたの心の中に、潔い清らかな信心の玉が輝いているからであろうか。まことに尊いことである。 英語で御書 Gosho in English They say that when roots are deep, the leaves will not wither; when there is a jewel in the heart of the fountain, its waters will never cease to flow. And how deep are the roots of your faith, how pure the jewel in your heart. How admirable, how admirable! " Reply to the Lay Nun of Kubo " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 755 in June, 1278. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese ね ふかければ は かれず・いづみ に 玉 あれば 水 たえず と 申す やうに・御信心 の ね の ふかく・いさぎよき 玉 の 心 の うち に・わたらせ 給うか、たうとし たうとし NE FUKAKEREBA HA KAREZU・IZUMI NI TAMA ...

言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり - Words echo the thoughts of the mind and find expression through the voice.

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本文 心に分別して思い言い顕す言語なれば 心の外には分別も無分別も無し、 言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり こころに ふんべつして おもい いい あらわす げんごなれば こころのほかには ふんべつも むふんべつも なし、 ことばと いうは こころの おもいを ひびかして こえを あらわすを いうなり 三世諸仏総勘文教相廃立 さんぜしょぶつそうかんもんきょうそうはいりゅう (563頁) 弘安2年10月 (1279年) 通解(意訳) 心で分別した思いを言い表すのが言葉(言語)であるから、心の外に出た言葉には、分別も無分別もない。 言葉というのは心の思いを響かせて声に顕したものをいうのである。 言葉というものは、相手を思いやる心、敬う心、尊重する心、励ます心などの、自分の心の底から湧き上がる慈悲の思いを相手に届かせるために、堂々と、誠実に声に出して表現することである。 英語で御書 Gosho in English Words are what give expression to the distinctions that are thought of in the mind. Therefore, outside of the mind there are neither distinctions nor the absence of distinctions. Words echo the thoughts of the mind and find expression through the voice. " The Unanimous Declaration by the Buddhas  of the Three Existences regarding the Classification of the Teachings  and Which Are to Be Abandoned and Which Upheld " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 843 in October, 1279. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (lib...

世間のことわざにも一は万が母といへり - The popular proverb says that ‘one is the mother of ten thousand.'

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本文 世間のことわざにも 一は万が母 と いへり 此等の道理を知らずや、所詮実相の理の背契を論ぜよ 強ちに多少を執する事なかれ せけんのことわざにも いちはまんがははといえり これらのどうりをしらずや、いわゆるじっそうの ことわりのはいけいをろんぜよ あながちに たしょうをしゅうすることなかれ 聖愚問答抄・下  しょうぐもんどうしょう・げ (498頁)  文永2年又は文永5年 (1265年、1268年) 通解(意訳) 世間のことわざにも、「一は万が母」といっている。これらの道理を知らないのか。 大切なことは、その宗派の教えが、世の中の実相の真理が集約されているか、背いているかを論じなさい。けっして教義が多いか少ないかに執着してはならない。 物事を見る際に、それに対する外見や数の多少だけに執着しては、物事の真実を見抜く事はできないのである。 英語で御書 Gosho in English The popular proverb says that ‘one is the mother of ten thousand.' Do you not understand the principle behind these matters? The important thing to consider is whether or not a doctrine conforms with the principle of the true aspect of all things. Do not be blindly attached to the question of many or few !  " Conversation between  a Sage and an Unenlightened Man "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 131 1265, or 1268. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 世間のことわざにも 一は万が母 と いへり 此等の道理を知らずや、所詮実相の理の背契を論ぜよ 強ちに多少を執する事なかれ SEKEN NO...

皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なり - A country where ... can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra.

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本文 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり かみも しもも きも せんも じかいも はかいも おとこも おんなも みな おしなべて ほけきょうにて じょうぶつすべき くになり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (545頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) 日本という国は、身分の上も下も、貴い人も賎しい人も、持戒を持つ僧侶も破戒の僧侶も、男も女も、皆が等しく法華経によって成仏することができる国なのである。 英語で御書 Gosho in English Japan is therefore a country where high and low, eminent and humble, those who observe the precepts and those who break them, men and women alike, can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddhahood through the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 873 in March, 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり KAMI MO SHIMO MO KI MO SEN MO JIKAI MO HAKAI MO OTOKO MO ON-NA MO MINA OSHINABETE HOKEKYO NITE JŌBUTSU SUBEKI KUNI NARI 法華 初心 成仏 抄 HOK'KE SHOSHIN JŌBUTSU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The W...

未来の大苦をまねぎこして少苦に値うなり - We can change the karma that destines us to suffer terribly in the future.

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本文 我等 過去に正法を行じける者に・あだをなして・ありけるが 今 かへりて信受すれば過去に人を障る罪にて 未来に大地獄に堕つべきが、 今生に正法を行ずる功徳・強盛なれば 未来の大苦を まねぎこして少苦に値うなり われら かこに しょうほうを ぎょうじけるものに・あだをなして・ありけるが いま かえりて しんじゅすれば かこの ひとをさわる つみにて みらいに だいじごくに おつべきが、こんじょうに しょうほうを ぎょうずる くどく・ごうじょうなれば みらいの だいくを なぎこして しょうくに あたうなり 兄弟抄 きょうだいしょう (1083頁) 文永12年4月 (1275年) 通解(意訳) 我らは、過去世で正法(法華経)を修行していた者に対して怨をなしたのであるが、今世では反対に自分が正法を信受することになったので、過去世に法華経の行者の修行を妨げた罪により、本当は未来世に大地獄に堕ちるはずであったが、 今世に強盛に正法を行じているため、その功徳も強盛であるから、来世の大きな苦しみを今世に招きよせて、少さな苦しみに値う事で済んでいるのである。 英語で御書 Gosho in English We, who now believe in the correct teaching , in the past once committed the offense of persecuting  its practitioners, and therefore are destined to fall into a terrible hell in the future. The blessings gained by practicing the correct teaching, however, are so great that by meeting minor sufferings in this life we can change the karma that destines us to suffer terribly in the future. " Letter to the Brothers " "The Writings of Nichiren Daishonin",...

すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし - You must act and speak without the least servility.

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本文 同くは・なげきたるけしきなくて此の状に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつらはず振舞仰せあるべし、中中へつらふならば・あしかりなん、 設ひ所領をめされ追い出し給うとも十羅刹女の御計いにてぞ・あるらむと・ふかくたのませ給うべし おなじくは・なげきたる けしき なくて この じょう に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつらわず ふるまい おおせ あるべし、なかなか へつらう ならば・あしかりなん、 たとい しょりょう を めされ おいだし たもう とも じゅうらせつにょ の おんはからい にてぞ・あるらん と・ふかく たのませ たもうべし 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [不可惜所領事] ふかしゃくしょしょりょうじ (1163~1164頁) 建治3年7月 (1277年) 通解(意訳) 同じ一生ならば、嘆いたような様子を見せずに、あなたがこの誓状に書かれた「決して退転しない」という強い決意のように、少しもへつらわず、今までのあなたの振舞い通りに、誠実に、堂々と振舞い、語っていきなさい。中途半端にへつらうようなことがあれば、かえって状況が悪くなるであろう。 たとえ所領を没収され、追い出されたとしても、それは諸天善神である十羅刹女の御計いであり、「必ず意味がある事だ」と、信心の眼で受け取って、より深く信心を奮い起こして、諸天にゆだねておきなさい。 英語で御書 Gosho in English Since it will be the same in any event, do not betray grief. Just as you have written in your letter, you must act and speak without the least servility.  If you try to curry favor, the situation will only worsen.  Even if your fiefs should be confiscated or you yourself driven out, you must think that it is due to the workings of the ten demon daughters, ...

日夜朝夕・南無妙法蓮華経と唱え候て - You should just single-mindedly chant Nam-myoho-renge-kyo morning and evening, day and night

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本文 日夜朝夕・南無妙法蓮華経と唱え候て最後臨終の時を見させ給へ、 妙覚の山に走り登り四方を御覧ぜよ、 法界は寂光土にして瑠璃を以て地とし・金繩を以て八の道をさかひ、 天より四種の花ふり虚空に音楽聞え、諸仏・菩薩は皆常楽我浄の風にそよめき給へば・我れ等も必ず其の数に列ならん、 法華経はかかる・いみじき御経にて・をはしまいらせ候 にち や ちょう せき・なんみょうほうれんげきょう と となえ そうらえて さいご りんじゅう の とき を みさせ たまえ、 みょうかく の やま に はしり のぼり しほう を ごらんぜよ、 ほうかい は じゃっこうど に して るり を もって ち とし・こがねなわ を もって やっつ の みち を さかい、 てん より ししゅ の はな ふり こくう に おんがく きこえ、しょぶつ・ぼさつ は みな じょうらくがじょう の かぜ に そよめき たまえば・われら も かならず その かず に つらならん ほけきょう は かかる・いみじき おきょう にて・おわし まいらせ そうろう 松野殿御返事 まつのどのごへんじ (1388頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 日夜、朝夕に、南無妙法蓮華経と真剣に唱えて、法華経を受持しきったあなたの最期・臨終の時を考えてみなさい。 妙覚の山に走り登って、頂上から東西南北の四方を御覧なさい。 法界は寂光土であり、七宝の一つである瑠璃(るり・インド古代の七宝の一つであるラピスラズリ)を大地とし、黄金の繩で成仏にいたる八つの道を境とし、 天からは曼荼羅華等の四種類の花が降り注ぎ、空には音楽が聞え、諸仏・菩薩は皆、常楽我浄の四徳の風にそよめいている。我らも必ず、その仏・菩薩の数の内に列なるのである。 法華経はこのようにすぐれた経なのである。 英語で御書 Gosho in English You should just single-mindedly chant Nam-myoho-renge-kyo morning and evening, day and night, and observe what happens at the last moments of your life. At that time, hasten to the summit ...

日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ - I, Nichiren, have inscribed my life in sumi ink, so believe in the Gohonzon with your whole heart.

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本文 日蓮がたましひを すみにそめながして・かきて候ぞ 信じさせ給へ、 仏の御心は法華経なり 日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるは なし にちれん が たましい を すみ に そめながして・かきて そうろう ぞ しんじ させ たまえ ほとけ の みこころ は ほけきょう なり にちれん が・たましい は なんみょうほうれんげきょう に・すぎたる は なし 経王殿御返事 きょうおうどのごへんじ (1124頁) 文永10年8月 (1273年) 通解(意訳) 日蓮が顕した御本尊は、日蓮の生命を削ってでも、すべての人々を救いたいという魂を墨に染め流して書き認めたものである。しっかりと信じ抜き、受持していきなさい。 釈尊が説いた真の法門は法華経であるが、諸法が乱立している末法においては、南無妙法蓮華経が真の法門であり、日蓮仏法の南無妙法蓮華経以外にはない。 英語で御書 Gosho in English I, Nichiren, have inscribed my life in sumi ink, so believe in the Gohonzon with your whole heart. The Buddha’s will is the Lotus Sutra, but the soul of Nichiren is nothing other than Nam-myoho-renge-kyo. " Reply to Kyō’ō " " Reply to Kyo'o " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 412 in August, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Nichiren wrote the GOHONZON with the soul that I want to save everyone even if I lose my life. Believe this GOHONZON firmly and keeping on it. Sakyamuni ...

鉄は炎打てば剣となる - Iron, when heated in the flames and pounded, becomes a fine sword

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本文 鉄は炎打てば剣となる 賢聖は罵詈して試みるなるべし、 我今度の御勘気は世間の失一分もなし 偏に先業の重罪を今生に消して 後生の三悪を脱れんずるなるべし くろがね は きたい うてば つるぎ と なる けんしょう は めり して こころみる なる べし われ こんど の ごかんき は せけん の とが いちぶん も なし ひとえ に せんごう の じゅうざい を こんじょう に けして ごしょう の さんあく を まぬがれんずる なるべし 佐渡御書 さどごしょ [富木殿等御返事] ときどのとうごへんじ (956頁) 文永9年3月 (1272年) 通解(意訳) 鉄は炎に入れて、熱して鍛え打てば剣となる。賢人、聖人は罵ってみて真価が試されるものである。 日蓮が今回受けた佐渡流罪の罪については、世間(今世)での罪は少しもない。 ただ、過去世の重罪を今生に消滅して、来世に三悪に堕すことを脱れることになるのであろう。 仏法者として生きていく上で、様々な困難に直面し、戦い抜いていくことで、自身の過去世からの宿業が、今世において表面に現れる。 この宿業を取り除くために、「今こそ自分の信心が試されている時だ」と決意し、強い信心で乗り越えることで、自身の宿命転換を成し遂げることができる。 苦難に直面した時こそ、強靭な信心を確立し、強い自分に変わるチャンスなのである。 英語で御書 Gosho in English Iron, when heated in the flames and pounded, becomes a fine sword. Worthies and sages are tested by abuse. My present exile is not because of any secular crime.  It is solely so that I may expiate in this lifetime my past grave offenses and be freed in the next from the three evil paths. " Letter from Sado "  "The Writings of Nichiren Daishonin", ...

若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや - If Nichiren is to be counted among the Bodhisattvas of the Earth, then so must his disciples and lay supporters.

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本文 地涌の菩薩のさきがけ 日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや 入りなまし、 若し日蓮 地涌の菩薩の数に入らば 豈に 日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや じゆの ぼさつの さきがけ にちれん いちにん なり、じゆの ぼさつの かずにもや いりなまし、 もし にちれん じゆの ぼさつの かずにいらば あに にちれんが でしだんな・じゆの るうりに あらずや 諸法実相抄 しょほうじっそうしょう (1359頁) 文永10年5月 (1273年) 通解(意訳) 地涌の菩薩の先駆けは、日蓮一人である。もしくは地涌の菩薩の数にも入っているのであろうか。 もし、日蓮が地涌の菩薩の数に入っているのであれば、日蓮の弟子檀那達もまた地涌の菩薩であり、仲間ということになろう。 英語で御書 Gosho in English Nichiren alone took the lead in carrying out the task of the Bodhisattvas of the Earth. He may even be one of them. If Nichiren is to be counted among the Bodhisattvas of the Earth, then so must his disciples and lay supporters. " The True Aspect of All Phenomena " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 385 May, 1273. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 地涌 の 菩薩 の さきがけ 日蓮 一人 なり、地涌 の 菩薩 の 数 にもや 入りなまし、 若し 日蓮 地涌 の 菩薩 の 数 に 入らば 豈に 日蓮 が 弟子 檀那・地涌 の 流類 に 非ずや JIYU NO BOSATSU NO SAKIGAKE NICHIREN ICHININ NARI, JIYU NO BOSATSU NO KAZU NIMOYA IRINAMASHI, MOSHI NICHIREN JIYU NO BOSATSU...