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弥はげませ給うべし懈ることなかれ - Strive ever harder in faith, and never give in to negligence.

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本文 弥 はげませ給うべし 懈ることなかれ、 皆 人の此の経を信じ始むる時は 信心有る様に見え候が・中程は 信心も よはく 僧をも恭敬せず 供養をも なさず・自慢して悪見をなす、これ恐るべし恐るべし、 始より終りまで 弥 信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん いよいよ はげませ たもうべし おこたる こと なかれ、 みな ひとの この きょうを しんじはじむる ときは しんじん あるように みえ そうろうが・なかほどは しんじんも よわく そう をも きょうけいせず くようも なさず・じまんして あっけんを なす、これ おそるべし おそるべし、 はじまりより おわりまで いよいよ しんじんを いたすべし・さなくして こうかいや あらんずらん 新池御書 にいけごしょ NIIKE GOSHO (1440頁)  弘安3年2月 (1280年) 通解(意訳) さらに信心に励んでいき、怠ることがあってはならない。 皆、人がこの法華経を信じはじめる時は、信心がある様に見えるが、時が経って信心が深まる途中になると、信心も弱まり、僧侶(信心の先輩、同志)も敬うこともせず、御本尊へのご供養や、困った同志を助ける心も忘れ、慢心を起こして邪悪な考えを起こしてしまうものである。 これは大変に恐るべきことである。 始めから終りまで、いよいよ信心を深めて貫くべきである。そうでなければ後悔するであろう。 英語で御書 Gosho in English Strive ever harder in faith, and never give in to negligence. All the people appear to believe sincerely when they first embrace the Lotus Sutra, but as time passes, they tend to become less devout; they no longer revere or make offerings to the priest, giving themselves up to arrogance and forming distorted views.  This is most frightening. Be ...

甲斐無き者なれども・たすくる者強ければ たうれず - Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong

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本文 夫れ 木をうえ候には 大風吹き候へども つよき すけを かひぬれば・たうれず、本より生いて候 木なれども 根の弱きは・たうれぬ、 甲斐無き者なれども・たすくる者強ければ たうれず、すこし健の者も 独なれば悪しき みちには・たうれぬ それ き を うえ そうろう には おおかぜ ふき そうらえども つよき すけ を かい ぬれば・たうれず、もと より おいて そうろう き なれども ね の よわき は・たうれぬ、 かい なき もの なれども・たすくる もの つよければ たうれず、すこし けなげ の もの も ひとり なれば あしき みち には・たうれぬ 三三蔵祈雨事 さんさんぞうきうのこと (1468頁) 建治元年6月 (1275年) 通解(意訳) そもそも、木を植えた場合、大風が吹いたとしても、強い支柱で支えてあれば倒れない。元々生えていた木であっても、根が弱ければ倒れてしまう。 弱くて不甲斐ない者であっても、助けるものが強ければ倒れない。すこし強くで頑強な者であっても、独りであれば悪い道では倒れてしまうのである。 善き友 『孤独』になってはいけない。人を『孤独』にしてもいけない。悩みに寄り添って、その苦しい『心音』に耳を傾けてあげなければ。  そうすることによって、じつは自分自身が癒されていくのです。人を受け入れ、励ますことによって、自分の心が励まされ、開かれていくのです。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English When a tree has been transplanted,though fierce winds may blow, it will not topple if it has a firm stake to hold it up. but even a tree that has grown up in place may fall over if its roots are weak. Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong, but a person of considerable strength, when alone, may fall down on ...

妙とは蘇生の義なり - Myō means to revive

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本文 妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すは蘇る義なり みょう とは そせい の ぎ なり そせい と もうす は よみがえる ぎ なり 法華経題目抄 ほけきょうだいもくしょう (947頁) 文永3年1月6日 (1266年) 通解(意訳) (南無妙法蓮華経の)妙とは蘇生の意味である。 蘇生とは、悩んで苦しんでいる心や生命が蘇るということである。 英語で御書 Gosho in English Myō means to revive, that is, to return to life. " The Daimoku of the Lotus Sutra "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 149 in January, 1266. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Resuscitation means that the troubled and suffering body and mind is revive. "Myō : 妙" , This is the character of the Nam-Myoho-Renge-Kyo. Gosho in Japanese 妙 とは 蘇生 の 義 なり 蘇生 と 申す は 蘇る 義 なり MYO TOWA SOSEI NO GI NARI SOSEI TO MŌSU WA YOMIGAERU GI NARI 法華経 題目 抄 HOKEKYO DAIMOKU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

身の賎をもつて其の法を軽んずる事なかれ - Do not make light of a teaching just because the person who preaches it is of humble station.

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本文 仏法は強ちに人の貴賎には依るべからず 只 経文を先きとすべし 身の賎をもつて其の法を軽んずる事なかれ ぶっぽうは あながち に ひと の きせん には よるべからず ただ きょうもん を さき と すべし み の せん を もって その ほう を かろんずる こと なかれ 聖愚問答抄・上 しょう ぐ もんどう しょう・じょう (481頁) 文永2年又は文永5年 (1265年、1268年) 通解(意訳) 相手の信仰している仏法(宗教)が正しいかどうかは、みだりに世間上の身分の上下や外見によって判断してはならない。ただ経文に照らし合わせて判断すべきである。 身分や外見が卑しいからといって、その法を軽んじてはならない。 英語で御書 Gosho in English In matters of Buddhist doctrines one cannot jump to conclusions simply on the basis of the eminence of the person involved. The words of the sutras are what must come first. Do not make light of a teaching just because the person who preaches it is of humble station. " Conversation between a Sage and an Unenlightened Man "  Part One.  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 109 in 1265, or 1277 to 1268 [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 仏法 は 強ち に 人 の 貴賎 には 依る べからず 只 経文 を 先き と すべし 身 の 賎 を もつて 其の 法 を 軽んずる 事 なかれ BUP'PO HA ANAGACHI NI HITO NO KISEN NIWA YORU BEKARAZU TADA KYOMON WO SAKI ...