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「従藍而青」 - "From the indigo, an even deeper blue."

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし ほけきょうの ほうもんを きくに つけて・なお なお しんじんを はげむを・まことの どうしんしゃ とは もうすなり、 てんだい いわく、「じゅうらんにしょう」うんぬん、この しゃくの こころは あいは はの ときよりも・なお そむれば・いよいよ あおし、 ほけきょうは あいの ごとし しゅぎょうの ふかきは・いよいよ あおきが ごとし 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。 この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 英語で御書 Gosho in English On hearing the teachings of the Lotus Sutra, makes even greater effort in faith is a true seeker of the way.  T'ien-t'ai states,"From the indigo, an even deeper blue." This Passage means that, if one dyes something repeatedly in indigo, it becomes even bluer than the indigo leaves. The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is...

法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候 - One who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、 これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、 もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ じょうど と いう も じごく と いう も ほか には そうらわず・ただ われら が むね の あいだ に あり、 これ を さとる を ほとけ と いう・これ に まよう を ぼんぷ と いう、これ を さとる は ほけきょう なり、 もし しからば ほけきょう を たもち たてまつる ものは じごく そく じゃっこう と さとり そうろうぞ 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。 ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。これを悟ることができるのは法華経だけである。 したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに光り輝く大地のような境涯(寂光土)に変える事ができる、と悟るのである。 英語で御書 Gosho in English Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daisho...

法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候 - One who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、 これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、 もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ じょうど と いう も じごく と いう も ほか には そうらわず・ただ われら が むね の あいだ に あり、 これ を さとる を ほとけ と いう・これ に まよう を ぼんぷ と いう、これ を さとる は ほけきょう なり、 もし しからば ほけきょう を たもち たてまつる ものは じごく そく じゃっこう と さとり そうろうぞ 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。 ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。これを悟ることができるのは法華経だけである。 したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに光り輝く大地のような境涯(寂光土)に変える事ができる、と悟るのである。 英語で御書 Gosho in English Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichi...

生死ともに仏なり - He is a Buddha in both life and death.

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本文 いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり いきて おわし とき には せい の ほとけ・いま は し の ほとけ・しょうじ とも に ほとけ なり、そくしんじょうぶつ と もうす だいじ の ほうもん これ なり 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) (1274年) 通解(意訳) 信心を受持して亡くなられた方は、生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのである。即身成仏という大事の法門は、このことである。 英語で御書 Gosho in English When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death. This is what is meant by that most important doctrine called attaining Buddhahood in one’s present form. " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 July, 1274 [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  He;Husband of Lay Num Ueno. Gosho in Japanese いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり IKITE OWASHI TOKI NIWA SEI NO HOTOKE・IMA WA SHI NO HOTOKE・SHŌJI TOMO NI HOTOKE NARI, SOKUSHIN JŌBUTSU TO MŌSU DAIJI NO HŌMON KORE NARI 上野 殿 後家 尼 御返事 UENO DONO G...

いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり - When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death.

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本文 いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり いきて おわし とき には せい の ほとけ・いま は し の ほとけ・しょうじ とも に ほとけ なり、そくしんじょうぶつ と もうす だいじ の ほうもん これ なり 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) (1274年) 通解(意訳) 信心を受持して亡くなられた方は、生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのである。即身成仏という大事の法門は、このことである。 英語で御書 Gosho in English When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death. This is what is meant by that most important doctrine called attaining Buddhahood in one’s present form. " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 July, 1274 [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  He; Husband of Lay Num Ueno. Gosho in Japanese いきて をはしき 時 は 生 の 仏・今 は 死 の 仏・生死 とも に 仏 なり、即身成仏 と 申す 大事 の 法門 これ なり IKITE OWASHI TOKI NIWA SEI NO HOTOKE・IMA WA SHI NO HOTOKE・SHŌJI  TOMO NI HOTOKE NARI, SOKUSHIN JŌBUTSU TO MŌSU DAIJI NO HŌMON KORE NARI 上野殿 後家...

法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候 - One who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、 これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、 これをさとるは法華経なり、 もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ じょうど と いう も じごく と いう も ほか には そうらわず・ただ われら が むね の あいだ に あり、 これ を さとる を ほとけ と いう・これ に まよう を ぼんぷ と いう、 これ を さとる は ほけきょう なり、 もし しからば ほけきょう を たもち たてまつる ものは じごく そく じゃっこう と さとり そうろうぞ 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。 ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。これを悟ることができるのは法華経だけである。 したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに光り輝く大地のような境涯(寂光土)に変える事ができる、と悟るのである。 英語で御書 Gosho in English Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nic...

法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよあをきが ごとし - The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue.

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし ほけきょうの ほうもんを きくに つけて・なお なお しんじんを はげむを・まことの どうしんしゃ とは もうすなり、 てんだい いわく、「じゅうらんにしょう」うんぬん、この しゃくの こころは あいは はの ときよりも・なお そむれば・いよいよ あおし、 ほけきょうは あいの ごとし しゅぎょうの ふかきは・いよいよ あおきが ごとし 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。 この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 謝辞 ~ 日替わり御書 6周年記念 日替わり御書 DAILY-GOSHO を読んで頂き、本当にありがとうございます。 2015年3月16日から始めた「日替わり御書 - Daily Gosho」が、今年で6周年を迎えることができました。 一人でもいいから、御書に触れていただくお手伝いができればいいな、という思いから始めた日替わり御書ですが、おかげさまで、DAILY-GOSHOは50万アクセスを達成しました。 今後ももっとお役に立てるよう、頑張ってまいります。 今後とも、「日替わり御書 - Daily Gosho」をよろしくお願いします。 2021年3月16日 日替わり御書  twitter @daily-gosho 追伸: 引き続き、北極圏と南極大陸からのアクセスをお待ちしております! 英語で御書 Gosho in English On hearing the tea...

法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよ あをきがごとし - The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue.

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし ほけきょうの ほうもんを きくに つけて・なお なお しんじんを はげむを・まことの どうしんしゃ とは もうすなり、 てんだい いわく、「じゅうらんにしょう」うんぬん、この しゃくの こころは あいは はの ときよりも・なお そむれば・いよいよ あおし、 ほけきょうは あいの ごとし しゅぎょうの ふかきは・いよいよ あおきが ごとし HOKEKYO NO HŌMON WO KIKU NI TSUKETE・NAO-NAO SHINJIN WO HAGEMU WO・MAKOTO NO DŌSHINSHA TOWA MŌSU NARI, TENDAI IWAKU,「JŪ-RAN-NI-SHŌ」UN-NUN, KONO SHAKU NO KOKORO WA AI WA HA NO TOKI YORIMO・NAO SOMUREBA IYO-IYO AOSHI, HOKEKYO HA AI NO GOTOSHI SHUGYŌ NO FUKAKI WA・IYO-IYO AOKI GA GOTOSHI 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ UENO DONO GOKE AMAGOHENJI [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ JIGOKU SOKU JAK'KŌ GOSHO (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。 この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 英語で御書 Gosho in Englis...

「従藍而青」 - "From the indigo, an even deeper blue."

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本文 「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし 「じゅうらんにしょう」うんぬん、このしゃくのこころはあいははのときよりも・なおそむれば・いよいよあおし、 ほけきょうはあいのごとししゅぎょうのふかきは・いよいよあおきがごとし 「JŪ-RAN-NI-SHŌ」UN-NUN, KONO SHAKU NO KOKORO WA AI WA HA NO TOKI YORIMO・NAO SOMUREBA IYO-IYO AOSHI, HOKEKYO HA AI NO GOTOSHI SHUGYŌ NO FUKAKI WA・IYO-IYO AOKI GA GOTOSHI 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ UENO DONO GOKE AMA GOHENJI [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ JIGOKU SOKU JAK'K Ō GOSHO (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 「従藍而青」(じゅう らん に しょう)といって、 「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」と説かれている。 この「従藍而青」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 英語で御書 Gosho in English "From the indigo, an even deeper blue." This Passage means that, if one dyes something repeatedly in indigo, it becomes even bluer than the indigo leaves. The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue. ...

いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり - When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death.

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本文 いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり いきて おわし とき には せい の ほとけ・いま は し の ほとけ・しょうじ とも に ほとけ なり、そくしんじょうぶつ と もうす だいじ の ほうもん これ なり 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) (1274年) 通解(意訳) 信心を受持して亡くなられた方は、生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのである。即身成仏という大事の法門は、このことである。 英語で御書 Gosho in English When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death. This is what is meant by that most important doctrine called attaining Buddhahood in one’s present form. *He;Husband of Lay Num Ueno. " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 July, 1274 [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり - Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person.

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、 これをさとるは法華経なり、もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ じょうど と いう も じごく と いう も ほか には そうらわず・ただ われら が むね の あいだ に あり、これ を さとる を ほとけ と いう・これ に まよう を ぼんぷ と いう、 これ を さとる は ほけきょう なり、もし しからば ほけきょう を たもち たてまつる ものは じごく そく じゃっこう と さとり そうろうぞ 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。 これを悟ることができるのは法華経だけである。したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに光り輝く大地のような境涯(寂光土)に変える事ができる、と悟るのである。 英語で御書 Gosho in English Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  " Hell Is the Land of Tranquil Light " ...

「従藍而青」 - "From the indigo, an even deeper blue."

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。 この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 English Gosho On hearing the teachings of the Lotus Sutra, makes even greater effort in faith is a true seeker of the way.  T'ien-t'ai states,"From the indigo, an even deeper blue." This Passage means that, if one dyes something repeatedly in indigo, it becomes even bluer than the indigo leaves. The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue. " Hell Is the Land of Tranquil Light "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 457 July, 1274  [ --- ] is libe...

法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ - The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、 これをさとるは法華経なり、 もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。 これを悟ることができるのは法華経だけである。したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに寂光土に変える事ができる、と悟るのである。 English Gosho Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  [If you chanting the Daimoku, in that moment, you can change your hard life like hell into a hopeful life by maximizing and shining your power of life.] " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 July, 1274. [ --- ]...

いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり - When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death.

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本文 いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1504頁) (1274年) 通解(意訳) 信心を受持して亡くなられた方は、生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのである。即身成仏という大事の法門は、このことである。 English Gosho When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death. This is what is meant by that most important doctrine called attaining Buddhahood in one’s present form. *He;Husband of Lay Num Ueno. " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 July, 1274 [ --- ] is liberal translation. 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

法華経はあいのごとし修行のふかきは・いよいよ あをきがごとし - The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue.

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。 この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 English Gosho On hearing the teachings of the Lotus Sutra, makes even greater effort in faith is a true seeker of the way.  T'ien-t'ai states,"From the indigo, an even deeper blue." This Passage means that, if one dyes something repeatedly in indigo, it becomes even bluer than the indigo leaves. The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue. " Hell Is the Land of Tranquil Light "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 457 July, 1274   [ --- ] is liberal tran...

「従藍而青」 - "From the indigo, an even deeper blue."

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本文 法華経の法門をきくにつけて・なをなを信心をはげむを・まことの道心者とは申すなり、 天台云く、「従藍而青」云云、此の釈の心は あい は葉のときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、 法華経は あい のごとし 修行のふかきは・いよいよ あをき が ごとし 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1505頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の教えを聞くごとにつけて、今よりさらに信心の修行に励むのを、真の信仰者というのである。 天台大師は「藍よりして而も青し(あい よりして しかも あおし)」といわれている。この「従藍而青(じゅうらんにしょう)」の意味は、藍は葉の時よりも、繰り返し染めれば染めるほど、いよいよ青さが増していく、という意味である。 法華経は藍のようであり、修行が深いのは、藍が染めるに従って、ますます青くなるようなものである。 English Gosho  On hearing the teachings of the Lotus Sutra, makes even greater effort in faith is a true seeker of the way.  T'ien-t'ai states,"From the indigo, an even deeper blue." This Passage means that, if one dyes something repeatedly in indigo, it becomes even bluer than the indigo leaves.  The lotus Sutra is like the indigo, and the strength of one's practice is like the deepening blue. " Hell Is the Land of Tranquil Light "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 457 July, 1274 [ --- ] is liberal translat...

いきてをはしき時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なり - When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death.

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本文 いきて をはしき時は 生の仏・今は 死の仏・生死ともに仏なり、即身成仏と申す大事の法門 これなり、法華経の第四に云く、「若し能く持つこと有れば 即ち仏身を持つなり」云々。 上野殿後家尼御返事 [地獄即寂光御書] (1504頁) (1274年) 通解(意訳) 信心を受持して亡くなられた方は、生きておられた時は生の仏・今は死の仏・生死ともに仏なのである。即身成仏という大事の法門がこのことであり、法華経第四巻、宝塔品には「若し能くこの経を持つ者は、すなわち仏身を持つものである」と説かれているのである。 English Gosho [ The person who passed away as an ascetic of a Lotus Sutra. ]  When he was alive, he was a Buddha in life, and now he is a Buddha in death. He is a Buddha in both life and death. This is what is meant by that most important doctrine called attaining Buddhahood in one’s present form. The fourth volume of the Lotus Sutra states, “If one can uphold this [sutra], one will be upholding the Buddha’s body.” " Hell Is the Land of Tranquil Light " July, 1274 "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 456 [ --- ] is liberal translation. 参考文献:「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Tr...