投稿

此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず 一切の男子に・こえたり - A woman who embraces this sutra not only excels all other women, but also surpasses all men.

イメージ
本文 此の法華経計りに 此の経を持つ女人は一切の女人に・すぎたるのみならず 一切の男子に・こえたりと みえて候 このほけきょうばかりに このきょうをたもつにょにんは いっさいのにょにんに・すぎたるのみならず いっさいのだんしに・こえたりと みえてそうろう 四条金吾殿女房御返事 しじょうきんごどのにょうぼうごへんじ [夫婦同心御書] ふうふどうしんごしょ (1135頁) 文永12年1月 (1275年) 通解(意訳) この法華経にのみ、「この経を受持する女性は、他の一切の女性に優れているだけでなく、一切の男性にも超えている」と、説かれているのである。 英語で御書 Gosho in English Only in the Lotus Sutra do we read that a woman who embraces this sutra not only excels all other women, but also surpasses all men. " The Unity of Husband and Wife " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 464 in January, 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 此の 法華経 計り に 此の 経 を 持つ 女人 は 一切 の 女人 に・すぎたる のみ ならず 一切 の 男子 に・こえたり と みえて 候 KONO HOKEKYO BAKARI NI KONO KYO WO TAMOTSU NYONIN W IS'SAI NO NYONIN NI・SUGITARU NOMINARAZU IS'SAI NO DANSHI NI ・KOETARI TO MIETE SŌRŌ 四条金吾 殿 女房 御返事 SHIJŌ-KINGO DONO NYŌBŌ GOHENJI [夫婦 同心 御書] FŪFU DŌSHIN GOSHO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichir...

法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし - Those who now believe in the Lotus Sutra will gather fortune from ten thousand miles away.

イメージ
本文 法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし ほけきょう を しんずる ひと は・さいわい を ばんり の そと より あつむ べし 十字御書 むしもちごしょ (1492頁) 弘安4年1月 (1281年) 通解(意訳) 法華経を信じている人は、幸運を遠く離れた場所からでも集めることができるのである。 英語で御書 Gosho in English Those who now believe in the Lotus Sutra will gather fortune from ten thousand miles away. " New Year’s Gosho "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1137 in January, 1281. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし HOKEKYO WO SHINZURU HITO WA・SAIWAI WO BANRI NO SOTO YORI ATSUMU BESHI 十字御書 MUSHIMOCHI GOSHO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

日蓮と同意ならば 地涌の菩薩たらんか - If you are of the same mind as Nichiren, you must be a Bodhisattva of the Earth.

イメージ
本文 いかにも今度・信心をいたして 法華経の行者にて とをり、日蓮が一門と なりとをし給うべし、日蓮と同意ならば 地涌の菩薩たらんか、地涌の菩薩に さだまりなば 釈尊 久遠の弟子たる事 あに疑はんや、 経に云く「我 久遠より 来かた 是等の 衆を 教化す」とは是なり、 末法にして 妙法蓮華経の 五字を弘めん者は 男女は きらふべからず、皆 地涌の菩薩の出現に非ずんば 唱へがたき題目なり いかにも こんど・しんじん を いたして ほけきょう の ぎょうじゃ にて とおり、にちれん が いちもん と なりとおし たもうべし、にちれん と どうい ならば じゆ の ぼさつ たらんか、じゆ の ぼさつ に さだまりなば しゃくそん くおん の でし たる こと あに うたがわんや、 きょう に いわく「われ くおん より この かた これら の しゅ を きょうけ す」とは これ なり、 まっぽう に して みょうほうれんげきょう の ごじ を ひろめん もの は なんにょ は きらう べからず、みな じゆ の ぼさつ の しゅつげん に あらずんば となえがたき だいもく なり 諸法実相抄 しょほうじっそうしょう (1360頁) 文永10年5月 (1273年) 通解(意訳) どんなことがあっても、今世で信心を起こしたなら、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり、師弟の道を貫き通しなさい。日蓮と同じ志しならば、地涌の菩薩(じゆ の ぼさつ)であろうか。地涌の菩薩であると定まっているのであれば、釈尊の久遠の弟子であるということをどうして疑うことができようか。 法華経従地涌出品第十五に「これらの菩薩は、私が久遠の昔から教化してきたのである」と説かれているのは、このことである。 末法において、妙法蓮華経の五字を弘める者は、老若男女問わず、分け隔てをしてはならない。皆それぞれの使命を持って、地涌の菩薩として出現した人々でなければ、唱えることのできない題目だからである。 英語で御書 Gosho in English Now, no matter what, strive in faith and be known as a votary of the Lotus Sutra, and remain my disciple for the rest of ...

大海の露をあつめ須弥山の微塵をつむが如し - Will be like the drops of dew that gather to form the great ocean, or the specks of dust that pile up to become Mount Sumeru.

イメージ
本文 国中の諸人・一人・二人・乃至千万億の人・題目を唱うるならば 存外に功徳 身にあつまらせ給うべし、 其の功徳は 大海の露をあつめ 須弥山の微塵を つむが如し くにじゅう の ひとびと・ひとり・ふたり・ないし いっせんまんのく の ひと・だいもく を となうる ならば ぞんがい に くどく みに あつまらせ たもうべし、 その くどく は たいかい の つゆ を あつめ しゅみせん の みじん を つむ が ごとし 妙密上人御消息 みょうみつしょうにんごしょうそく [法華経功徳抄] ほけきょうくどくしょう (1234頁) 建治2年3月 (1276年) 通解(意訳) 国中の人々が、一人・二人・ないし千万億の人が題目を唱えるようになれば、知らず知らずのうちに、功徳があなたの身に集まるであろう。 その功徳は、ちょうど大海が露をあつめ、須弥山が塵を積んで大きくなっていくようのものである。 英語で御書 Gosho in English As first one person, then two persons, then a thousand, ten thousand, a hundred thousand, and then all the people throughout the country come to chant the daimoku, before you know it, their blessings will accrue to you. Those blessings will be like the drops of dew that gather to form the great ocean, or the specks of dust that pile up to become Mount Sumeru.  " The Blessings of the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 667 in March, 1276. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 国中 の 諸人・一人・二人・乃至 千万億 の 人・題目 ...

天晴れぬれば地明かなり - When the skies are clear, the ground is illuminated.

イメージ
本文 天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り花の盛なるを見て池の深きことを知る」等云云、妙楽云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、 天晴れぬれば地明かなり 法華を識る者は世法を得可きか。 てんだい いわく、「あめ の たけき を みて りゅう の だい なる を しり はな の さかん なる を みて いけ の ふかき こと を しる」とう うんぬん、みょうらく いわく、「ちじん は き を しり へび は みずから へび を しる」とう うんぬん、 てん はれぬれば ち あきらか なり ほっけ を しる もの は せほう を う べきか。 観心本尊抄 かんじんのほんぞんしょう [如来滅後五五百歳始観心本尊抄] にょらいめつごごごひゃくさいにはじむかんじんのほんぞんしょう (246頁) 文永10年4月 (1272年) 通解(意訳) 天台大師は「雨が猛々しく降る現証を見て、雨を降らせる言われている、竜の力の偉大なることを知り、蓮華の花が大きく咲き盛なっている様子を見て、その池の深いことを知る」等と言い、妙楽大師は「智人は将来起こるべきことを知り、蛇は自ら蛇の本質を知っている」等と言っている。 天が晴れるならば、大地は明るくなる。太陽の光に従って大地が明るくなるように、法華経を識る者は、世の中の道理と仏法の法理がかけ離れていないこと(世法=仏法即社会)を、自ら明らかに知ることができて、自身の使命を果たし、実証を示すことに目覚めることができるであろう。 英語で御書 Gosho in English T’ien-t’ai states, “By observing the fury of the rain, we can tell the greatness of the dragon that caused it, and by observing the flourishing of the lotus flowers, we can tell the depth of the pond they grow in.” Miao-lo says, “Wise men can perceive the cause of things, as snakes know the way of snakes.” When the skies are...

法華経は種の如く仏はうへての如く衆生は田の如くなり - The Lotus Sutra is like the seed, the Buddha like the sower, and the people like the field.

イメージ
本文 此法門を日蓮申す 故に 忠言耳に逆う道理なるが故に流罪せられ 命にも及びしなり、然どもいまだこりず候 法華経は種の如く 仏はうへての如く 衆生は田の如くなり この ほうもん を にちれん もうす ゆえ に ちゅうげん みみ に さからう どうり なる が ゆえに るざい せられ いのち にも およびし なり、しかれども いまだ こりず そうろう、 ほけきょう は たね の ごとく ほとけ は うえて の ごとく しゅじょう は た の ごとく なり 曾谷殿御返事 そやどのごへんじ [成仏用心抄] じょうぶつようじんしょう (1056頁) 建治2年8月 (1276年) 通解(意訳) 法華経の法門を日蓮が申すゆえに、忠告は耳障りに聞こえるのが人間の道理でもあるから、流罪にされたり、命にも及んだのである。しかしながら、私はいまだに懲りていない。 法華経は種のようであり、仏は植え手のようであり、衆生は田のようである。 英語で御書 Gosho in English I have expounded this teaching [ of The Lotus Sutra ] , I have been exiled and almost killed. As the saying goes, “Good advice grates on the ear.” But still I am not discouraged. The Lotus Sutra is like the seed, the Buddha like the sower, and the people like the field. " The Essentials for Attaining Buddhahood " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 748 in August, 1276. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 此 法門 を 日蓮 申す 故に 忠言 耳 に 逆う 道理 なる が 故 に 流罪 せられ 命 にも 及びし なり、 然ども いまだ こりず 候 法華経 は 種 の 如く 仏 は うへて の ...

喜とは自他共に喜ぶ事なり - “Joy” means that oneself and others together experience joy.

イメージ
本文 御義口伝に云く 随とは事理に随順するを云うなり 喜とは自他共に喜ぶ事なり おんぎくでんにいわく ずいとはじりにずいじゅんするをいうなりきとはじたともによろこぶことなり 御義口伝 おんぎくでん 随喜品二箇の大事 ずいきぼん にかのだいじ 第一 妙法蓮華経随喜功徳の事 だいいち みょうほうれんげきょうずいきくどくのこと (761頁) 通解(意訳) 御義口伝には、次のように仰せである。 随喜(ずいき)の随とは、「事理に随順すること」を随という。 「事理に随順する(じり に ずいじゅん する)」とは、法華経の法理で功徳を得る事(事理)に素直に従う(順して随う=随順する)、すなわち、法華経の肝心である「南無妙法蓮華経」の法理を実直に信じて題目を唱えて、自分も実行し他人にも勧める「自行化他の信心」を実直に実践して、功徳を得る事を随というのである。 随喜の喜とは、「自他共に喜ぶこと」を喜という。 「自他ともに喜ぶ」とは、信心によって得られる功徳や幸福境涯を共に分かち合い、素直に喜ぶ事である。 随喜とは、素直に信心に励み、功徳で得られる幸福境涯を人にも勧め、歓喜を共に分かち合って喜ぶ事なのである。 英語で御書 Gosho in English The Record of the Orally Transmitted Teachings says: “Respond” means to respond to and comply with actuality and principle. “Joy” means that oneself and others together experience joy.  ==================================== Chapter Eighteen: The Benefits of Responding with Joy Two important points "The Record of The Orally Transmitted Teachings" Part 2, p. 146 ==================================== [ --- ] is liberal translation. Interpreta...