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聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳 - The blessings received when a sage chants the daimoku and the blessings received when we chant it

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本文 聖人の唱えさせ給う 題目の功徳と 我れ等が唱へ申す 題目の功徳と 何程の多少候べきやと云云、 更に勝劣あるべからず候、 其の故は 愚者の持ちたる金も 智者の持ちたる金も・愚者の然せる火も 智者の然せる火も 其の差別なきなり しょうにん の となえさせ たもう だいもく の くどく と われら が となえ もうす だいもく の くどく と いかほど の たしょう そうろう べき や と うんぬん、 さら に しょうれつ あるべからず そうろう、 その ゆえ は ぐしゃ の もちたる こがね も ちしゃ の もちたる こがね も・ぐしゃ の ともせる ひ も ちしゃ の ともせる ひ も その さべつ なきなり 松野殿御返事 まつのどのごへんじ [十四誹謗抄] じゅうしひぼうしょう (1382頁) 建治2年10月 (1276年) 通解(意訳) 「聖人(賢人、智者)が唱えられる題目の功徳と、凡夫である私達が唱える題目の功徳とは、いかほどの違いがあるのでしょうか」とのご質問があったが、題目の功徳には勝劣や差別はなく、同じ功徳がある。 その理由は、愚者が持っているお金も、智者が持っているお金も、お金には変わりないように、または愚者が灯す火も、智者が灯す火も、火には変わりなく、その差別はないのである。 英語で御書 Gosho in English "How great is the difference between the blessings received when a sage chants the daimoku and the blessings received when we chant it?” To reply, one is in no way superior to the other.  The gold that a fool possesses is no different from the gold that a wise man possesses; a fire made by a fool is the same as a fire made by a wise man. " The Fourteen Slanders " "The Writings of Nichi...

元品の無明は第六天の魔王と顕われたり - The fundamental darkness manifests itself as the devil king of the sixth heaven.

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本文 法華宗の心は一念三千・性悪性善・妙覚の位に猶 備われ 元品の法性は梵天・帝釈等と顕われ 元品の無明は第六天の魔王と顕われたり ほっけしゅう の こころ は いちねん さんぜん・しょうあく しょうぜん・みょうかく の くらい に なお そなわれ がんぽん の ほっしょう は ぼんてん・たいしゃく とう と あらわれ がんぽん の むみょう は だいろくてん の まおう と あらわれたり 治病大小権実違目 じびょうだいしょうごんじついもく (997頁) 弘安元年6月 (1278年) 通解(意訳) 日蓮仏教の根本である、一念三千の法門に人の心(境涯)の善悪を照らせば、善の心も悪の心も、本来人の心の本性に備わっているものである。そのため、仏の境涯を開いたとしても、心の本性が消える訳ではなく、心のあらゆる側面(一念三千)がそのまま備わっているのである。 この法理によって、善心によって開かれた法性には、梵天・帝釈天等の諸天善神の加護が顕れ、無明に陥った悪心には第六天の魔王が顕れるのである。 英語で御書 Gosho in English The heart of the Lotus school is the doctrine of three thousand realms in a single moment of life, which reveals that both good and evil are inherent even in those at the highest stage of perfect enlightenment. The fundamental nature of enlightenment manifests itself as Brahmā and Shakra, whereas the fundamental darkness manifests itself as the devil king of the sixth heaven. " The Treatment of Illness " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1113 in June, 1278.  [ --- ] is liberal...

大人には・いのりなしまいらせ候べし - Calmly continue to offer prayers.

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本文 此の法門の一行 いかなる本意なき事ありとも・みずきかず・いわずして・むつばせ給へ、 大人には・いのりなしまいらせ候べし この ほうもん の いっこう いかなる ほんい なき こと ありとも・みず きかず・いわず して・むつばせ たまえ・だいにん には・いのり なし まいらせ そうろべし 陰徳陽報御書 いんとくようほうごしょ (1178頁)  弘安元年 (1278年) 通解(意訳) この法門の人々とは、たとえどんな不本意なことがあっても、見ず、聞かず、言わずして、仲良くしていきなさい。 おだやかにして、祈っていきなさい。 たがいに尊敬し仲良く前進 (リーダーの心がけとして)当然、根本である信心の大綱は、きちんと指導していかなければならない。 そのうえで、私的なことについては、いちいちこまかく指摘したり、非難しあったりすることは賢明ではない。 人それぞれに個性があり、生き方がある。 生活環境も違う。 たがいに尊重しあい、仲良くしていくことこそが大事である。(中略) たとえ不本意なことがあっても、広々とした心で、忍耐強く、大きく包容し、より強盛な信心に立てるよう激励していくことである。 また大きな立場から、成長を祈ってあげることである。 そうしていけば、本人の信心の深化とともに、しだいに人間的にも成長をめざしていくにちがいない。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English You must be on good terms with those who believe in this teaching, neither seeing, hearing, nor pointing out anything about them that may displease you. Calmly continue to offer prayers.  " Unseen Virtue and Visible Reward "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p.907 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  T...

鉄は炎打てば剣となる - Iron, when heated in the flames and pounded, becomes a fine sword

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本文 鉄は炎打てば剣となる 賢聖は罵詈して試みるなるべし、 我今度の御勘気は世間の失一分もなし 偏に先業の重罪を今生に消して 後生の三悪を脱れんずるなるべし くろがね は きたい うてば つるぎ と なる けんしょう は めり して こころみる なる べし われ こんど の ごかんき は せけん の とが いちぶん も なし ひとえ に せんごう の じゅうざい を こんじょう に けして ごしょう の さんあく を まぬがれんずる なるべし 佐渡御書 さどごしょ [富木殿等御返事] ときどのとうごへんじ (956頁) 文永9年3月 (1272年) 通解(意訳) 鉄は炎に入れて、熱して鍛え打てば剣となる。賢人、聖人は罵ってみて真価が試されるものである。 日蓮が今回受けた佐渡流罪の罪については、世間(今世)での罪は少しもない。 ただ、過去世の重罪を今生に消滅して、来世に三悪に堕すことを脱れることになるのであろう。 仏法者として生きていく上で、様々な困難に直面し、戦い抜いていくことで、自身の過去世からの宿業が、今世において表面に現れる。 この宿業を取り除くために、「今こそ自分の信心が試されている時だ」と決意し、強い信心で乗り越えることで、自身の宿命転換を成し遂げることができる。 苦難に直面した時こそ、強靭な信心を確立し、強い自分に変わるチャンスなのである。 英語で御書 Gosho in English Iron, when heated in the flames and pounded, becomes a fine sword. Worthies and sages are tested by abuse. My present exile is not because of any secular crime.  It is solely so that I may expiate in this lifetime my past grave offenses and be freed in the next from the three evil paths. " Letter from Sado "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. ...

三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く - The three obstacles and four devils will invariably appear, and the wise will rejoice while the foolish will retreat.

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本文 しをの ひると・みつと 月の出づると・いると・夏と秋と冬と春との さかひには 必ず相違する事あり 凡夫の仏になる又かくのごとし、 必ず三障四魔と申す障いできたれば  賢者はよろこび愚者は退くこれなり しおのひると・みつとつきのいづると・いると・なつとあきとふゆとはるのさかいにはかならずそういすることあり、 ぼんぷのほとけになるまたかくのごとし、かならずさんしょうしまともうすさわりいできたればけんじゃはよろこびぐしゃはしりぞくこれなり 兵衛志殿御返事 ひょうえのさかんどのごへんじ [三障四魔事] さんしょうしまのこと (1091頁) 建治元年11月 (1275年) 通解(意訳) 潮が干く時と満ちる時、月の出る時と入る時、夏と秋と冬と春との季節の境目には、必ずそれまでと違う変化が起きる。凡夫が仏になる時もまたそれらと同じであり、 必ず三障四魔という信心を妨げる変化が現れる。その時、信心で乗り越えようとする賢い者はこれを喜び、恐れて信心を捨てようとする愚か者は退いていくのである。 英語で御書 Gosho in English There is definitely something extraordinary in the ebb and flow of the tide, the rising and setting of the moon, and the way in which summer, autumn, winter, and spring give way to each other. Something uncommon also occurs when an ordinary person attains Buddahood. At such a time, the three obstacles and four devils will invariably appear, and the wise will rejoice while the foolish will retreat. " The Three Obstacles and Four Devils " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 637 in No...

未来の果を知らんと欲せば 其の現在の因を見よ - If you want to understand what results will be manifested in the future, look at the causes that exist in the present.

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本文 過去の因を知らんと欲せば 其の現在の果を見よ 未来の果を知らんと欲せば 其の現在の因を見よ かこ の いん を しらん と ほっせば その げんざい の か を みよ みらい の か を しらん と ほっせば その げんざい の いん を みよ 開目抄・下 かいもくしょう・げ (231頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 過去に自分がどのような要因(要素や原因)を作ってきたかは、現在の自分の結果(状況や状態)を見なさい。同様に、未来の自分がどんな結果になっているかを知ろうとするなら、現在の要因を見なさい。 そして、理想の自分になれるような要因を、今作っていきなさい。  英語で御書 Gosho in English If you want to understand the causes that existed in the past, look at the results as they are manifested in the present. And if you want to understand what results will be manifested in the future, look at the causes that exist in the present. " The Opening of the Eyes " Part Two "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 279 in February, 1272. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  You should have create factors that you will make ideal yourself at now. Gosho in Japanese 過去 の 因 を 知らん と 欲せば 其の 現在 の 果 を 見よ 未来 の 果 を 知らん と 欲せば 其の 現在 の 因 を 見よ KAKO NO IN WO SHIRAN TO HOS'SEBA SONO GENZAI NO KA WO MIYO M...

いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず - However wretched a beggar you might become, never disgrace the Lotus Sutra.

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本文 一生はゆめの上・明日をごせず・いかなる乞食には・なるとも 法華経に きずをつけ給うべからず いっしょう は ゆめ の うえ・あす を ご せず・いかなる こつじき には・なるとも ほけきょう に きず を つけ たもう べからず 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [不可惜所領事] ふかしゃくしょりょうのこと (1163頁) 建治3年7月 (1277年) 通解(意訳) 一生は夢の上の出来事のように、はかないものであり、明日の命があるか分からない。 たとえどのような乞食になったとしても、あなた自身の信心に傷をつけてはならない。 英語で御書 Gosho in English This life is like a dream. One cannot be sure that one will live until tomorrow. However wretched a beggar you might become, never disgrace the Lotus Sutra.  " A Warning against Begrudging One’s Fief " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 824 in July, 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 一生 は ゆめ の 上・明日 を ごせず・いかなる 乞食 には・なるとも 法華経 に きず を つけ 給う べからず IS'SHO WA YUME NO UE・ASU WO GO SEZU・IKANARU KOTSUJIKI NIWA・NARUTOMO HOKEKYO NI KIZU WO TSUKE TAMOU BEKARAZU 四条 金吾 殿 御返事 SHIJŌ KINGO DONO GOHENJI [不可惜 所領事] FUKASHAKU SHORYŌ-NO-KOTO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin...