投稿

南浮の空・皆明かなり - All the skies over the great continent of Jambudvīpa in the south will be illuminated

イメージ
本文 日輪・東方の空に出でさせ給へば南浮の空・皆明かなり 大光を備へ給へる故なり、蛍火は未だ国土を照さず 宝珠は懐中に持ぬれば 万物 皆ふらさずと云う事なし、瓦石は財をふらさず にちりん・とうほうの そらに いでさせ たまえば なんぶ の そら・みな あきらかなり たいこうを そなえ たまえる ゆえなり、ほたるびは いまだ こくどを てらさず ほうしゅは かいちゅうに もちぬれば ばんぶつ みな ふらさずと ゆうこと なし、がしゃくは たからを ふらさず 善無畏三蔵抄 ぜんむいさんぞうしょう (883~884頁) 文永7年 (1270年)   通解(意訳) 太陽が東方の空に昇ったならば、南閻浮提(世界)の空は皆、明るくなる。太陽が大いなる光を備えているからである。螢の灯火は一つの国土でさえ照らすことができない。 また、宝珠を懐の中に持っていれば、ありとあらゆるものを降らすことができるが、瓦や石は財宝を降らすことはできない。 英語で御書 Gosho in English When the sun rises in the eastern sector of the sky, then all the skies over the great continent of Jambudvīpa in the south will be illuminated because of the vast light that the sun possesses. But the feeble glow of the firefly can never shed light on a whole nation. One who carries in one’s robe a wish-granting jewel can have any desire fulfilled, but mere shards and stones can confer no treasures. " The Tripitaka Master Shan-wu-wei " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 169 to 170 in 1270. [ --- ] ...

鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ - Be spoken of by all the people of Kamakura, both high and low, or by all the people of Japan

イメージ
本文 貴辺 又 日蓮にしたがひて 法華経の行者として 諸人にかたり給ふ 是れ 豈 流通にあらずや、 法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば 火をえず、 強盛の大信力をいだして 法華宗の四条金吾・四条金吾と 鎌倉中の上下万人 乃至 日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ きへん また にちれん に したがいて ほけきょう の ぎょうじゃ として しょにん に かたりたもう これ あに るつう に あらずや、 ほけきょう の しんじん を・とおしたまえ・ひ を きる に・やすみぬれば ひ を えず、 ごうじょう の だいしんりき を いだして ほっけしゅう の しじょうきんご・しじょうきんご と かまくらじゅう の じょうげばんにん ないし にほんごく の いっさいしゅじょう の くち に うたわれたまえ 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [煩悩即菩提御書] ぼんのうそくぼだいごしょ (1117~1118頁) 文永9年5月 (1272年) 通解(意訳) あなた(四条金吾)もまた、日蓮に従って、法華経の行者として信心の素晴らしさを様々な人に語られている。これこそまさに広宣流布ではないか。 法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、その作業を途中で休んでしまえば火は得られない。強盛な信心を取り出して、法華宗(日蓮仏教)の四条金吾・四条金吾と、鎌倉中の上下万人、そして日本国の全ての人々が口にするようになっていきなさい。 英語で御書 Gosho in English Following me, you, as a votary of the Lotus Sutra, have told others of this Law. What else could this be but the transmission of the Law? Carry through with your faith in the Lotus Sutra. You cannot strike fire from flint if you stop halfway. Bring forth the great power of faith, and be spoken of by all the people of Kamaku...

一眼のかめの浮木の穴に入り... - The one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log...

イメージ
本文 南無妙法蓮華経と唱えさせ給いける事は・一眼の かめ の浮木の穴に入り・天より下 いと の 地の はりの 穴に入るがごとし なんみょうほうれんげきょう と となえさせ たまいける こと は・いちげん の かめ の うきぎ の あな に いり・てん より くだす いと の ち の はり の あな に はいる が ごとし 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [末法要法御書] まっぽうようほうごしょ (1545頁)  弘安元年4月 (1278年) 通解(意訳) 南無妙法蓮華経と唱えられたということは、千年に一度しか浮かび上がってこない伝説の一眼の亀が、海に浮いていた浮木にたまたま出会って、浮き木の穴に入ることができたようなものであり、天から下した糸が、大地に立ててある針の穴に通ったようなものである。 このように、南無妙法蓮華経と唱える事自体が大変まれな事であり、素晴らしい事なのである。   英語で御書 Gosho in English This is as rare as the one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log, or a thread lowered from the heavens passing through the eye of a needle on earth.  " The Teaching for the Latter Day "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 903 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  This is as rare...; Chanting the Nam-Myoho-Renge-Kyo. The One-eyed turtle; Legendary turtle that come up to surface on the sea at the only once in a thousand years. As in these ex...

まへにかう申すはきたうなるべし - In admonishing you in this way, I am trying to forge your faith.

イメージ
本文 きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るれば とく とけ候、冰を ゆ に入るがごとし、 剣なんどは大火に入るれども暫くは とけず 是きたへる故なり、 まへに かう 申すは きたうなるべし きたわぬ・かねは・さかんなる ひに いるれば とく とけ そうろう、こおり を ゆ に いるが ごとし、 つるぎ なんどは だいかに いるれども しばらくは とけず これ きたえる ゆえなり、 まえに こう もうすは きたう なるべし 四条金吾殿御返事 しじょう きんご どの ごへんじ [世雄御書] せおう ごしょ (1169頁) 建治3年 (1277年) 通解(意訳) 鍛えていない鉄は、燃え盛る火に入れれば、すぐに溶けてしまう。氷を湯の中に入れるようなものである。 剣などは大火に入れても、しばらくは溶けない。これは鍛えられているからである。 あなたに、あえて事前にこのように申すのは、あなたの心を鍛えるためである。 英語で御書 Gosho in English Untempered iron quickly melts in a blazing fire, like ice put in hot water. But a sword, even when exposed to a great fire, withstands the heat for a while, because it has been well forged. In admonishing you in this way, I am trying to forge your faith. " The Hero of the world " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 839 in 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese きたはぬ・かね は・さかんなる 火 に 入るれば とく とけ 候、冰 を ゆ に 入る が ごとし、 剣 なんど は 大火 に 入るれども 暫く は とけず 是 きたへる 故 なり、 まへ に かう 申す は きたう なるべし KITAWANU・KANE WA・...

弥はげませ給うべし懈ることなかれ - Strive ever harder in faith, and never give in to negligence.

イメージ
本文 弥 はげませ給うべし 懈ることなかれ、 皆 人の此の経を信じ始むる時は 信心有る様に見え候が・中程は 信心も よはく 僧をも恭敬せず 供養をも なさず・自慢して悪見をなす、これ恐るべし恐るべし、 始より終りまで 弥 信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん いよいよ はげませ たもうべし おこたる こと なかれ、 みな ひとの この きょうを しんじはじむる ときは しんじん あるように みえ そうろうが・なかほどは しんじんも よわく そう をも きょうけいせず くようも なさず・じまんして あっけんを なす、これ おそるべし おそるべし、 はじまりより おわりまで いよいよ しんじんを いたすべし・さなくして こうかいや あらんずらん 新池御書 にいけごしょ NIIKE GOSHO (1440頁)  弘安3年2月 (1280年) 通解(意訳) さらに信心に励んでいき、怠ることがあってはならない。 皆、人がこの法華経を信じはじめる時は、信心がある様に見えるが、時が経って信心が深まる途中になると、信心も弱まり、僧侶(信心の先輩、同志)も敬うこともせず、御本尊へのご供養や、困った同志を助ける心も忘れ、慢心を起こして邪悪な考えを起こしてしまうものである。 これは大変に恐るべきことである。 始めから終りまで、いよいよ信心を深めて貫くべきである。そうでなければ後悔するであろう。 英語で御書 Gosho in English Strive ever harder in faith, and never give in to negligence. All the people appear to believe sincerely when they first embrace the Lotus Sutra, but as time passes, they tend to become less devout; they no longer revere or make offerings to the priest, giving themselves up to arrogance and forming distorted views.  This is most frightening. Be ...

甲斐無き者なれども・たすくる者強ければ たうれず - Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong

イメージ
本文 夫れ 木をうえ候には 大風吹き候へども つよき すけを かひぬれば・たうれず、本より生いて候 木なれども 根の弱きは・たうれぬ、 甲斐無き者なれども・たすくる者強ければ たうれず、すこし健の者も 独なれば悪しき みちには・たうれぬ それ き を うえ そうろう には おおかぜ ふき そうらえども つよき すけ を かい ぬれば・たうれず、もと より おいて そうろう き なれども ね の よわき は・たうれぬ、 かい なき もの なれども・たすくる もの つよければ たうれず、すこし けなげ の もの も ひとり なれば あしき みち には・たうれぬ 三三蔵祈雨事 さんさんぞうきうのこと (1468頁) 建治元年6月 (1275年) 通解(意訳) そもそも、木を植えた場合、大風が吹いたとしても、強い支柱で支えてあれば倒れない。元々生えていた木であっても、根が弱ければ倒れてしまう。 弱くて不甲斐ない者であっても、助けるものが強ければ倒れない。すこし強くで頑強な者であっても、独りであれば悪い道では倒れてしまうのである。 善き友 『孤独』になってはいけない。人を『孤独』にしてもいけない。悩みに寄り添って、その苦しい『心音』に耳を傾けてあげなければ。  そうすることによって、じつは自分自身が癒されていくのです。人を受け入れ、励ますことによって、自分の心が励まされ、開かれていくのです。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English When a tree has been transplanted,though fierce winds may blow, it will not topple if it has a firm stake to hold it up. but even a tree that has grown up in place may fall over if its roots are weak. Even a feeble person will not stumble if those supporting him are strong, but a person of considerable strength, when alone, may fall down on ...

妙とは蘇生の義なり - Myō means to revive

イメージ
本文 妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すは蘇る義なり みょう とは そせい の ぎ なり そせい と もうす は よみがえる ぎ なり 法華経題目抄 ほけきょうだいもくしょう (947頁) 文永3年1月6日 (1266年) 通解(意訳) (南無妙法蓮華経の)妙とは蘇生の意味である。 蘇生とは、悩んで苦しんでいる心や生命が蘇るということである。 英語で御書 Gosho in English Myō means to revive, that is, to return to life. " The Daimoku of the Lotus Sutra "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 149 in January, 1266. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Resuscitation means that the troubled and suffering body and mind is revive. "Myō : 妙" , This is the character of the Nam-Myoho-Renge-Kyo. Gosho in Japanese 妙 とは 蘇生 の 義 なり 蘇生 と 申す は 蘇る 義 なり MYO TOWA SOSEI NO GI NARI SOSEI TO MŌSU WA YOMIGAERU GI NARI 法華経 題目 抄 HOKEKYO DAIMOKU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"