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我が一念を指して 妙法蓮華経と名くるぞと 深く信心を発すべきなり - You must summon up deep faith that Myoho-renge-kyo is your life itself.

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本文 妙法と唱へ 蓮華と読まん時は 我が一念を指して 妙法蓮華経と名くるぞと 深く信心を発すべきなり みょうほうを となえ れんげと よまん ときは わが いちねんを さして みょうほうれんげきょうと なづくるぞと ふかく しんじんを ほっすべきなり 一生成仏抄 いっしょうじょうぶつしょう (383頁) 建長7年 (1255年) 通解(意訳) 妙法と唱え、蓮華と読誦する時は、自分自身の一念の事を指して、妙法蓮華経と名づけるのである、と深く信心を発すべきである。 英語で御書 Gosho in English When you chant myōhō and recite renge, you must summon up deep faith that Myoho-renge-kyo is your life itself. " On Attaining Buddhahood in This lifetime "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 3 in 1255. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 妙法と唱へ 蓮華と読まん時は 我が一念を指して 妙法蓮華経と名くるぞと 深く信心を発すべきなり MYOHO WO TONAE RENGE TO YOMAN TOKI WA WAGA ICHINEN WO SASHITE MYOHO-RENGE-KYO TO NAZUKURUZO TO FUKAKU SHINJIN WO HOS'SU BEKI NARI 一生成仏抄 IS'SHO JŌBUTSU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

説の如く修行せんに豈仏果を得ざらんや - Practices it in accordance with the Buddha’s teaching, cannot fail to gain the fruit of Buddhahood.

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本文 今 末法当世の有智・無智・在家・出家・上下・万人 此の妙法蓮華経を持つて 説の如く修行せんに 豈 仏果を得ざらんや いま まっぽうとうじの うち・むち・ざいけ・しゅっけ・じょうげ・ばんにん このみょうほうれんげきょうをたもって せつのごとくしゅぎょうせんに あに ぶっかをえざらんや 教行証御書 きょうぎょうしょうごしょ (1282頁) 文永12年3月 (1275年) 通解(意訳) 末法の今の世において、どんな人であろうとも、この妙法蓮華経を受持して、法華経の説法のままに修行するならば、どうして仏果(功徳)を得ないことがあろうか。   英語で御書 Gosho in English Now in the Latter Day of the Law, any person—whether wise or ignorant, priest or lay believer, or of high or low position—who embraces Myoho-renge-kyo and practices it in accordance with the Buddha’s teaching, cannot fail to gain the fruit of Buddhahood. " The Teaching, Practice, and Proof " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 482 March, 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 今 末法当世の有智・無智・在家・出家・上下・万人 此の妙法蓮華経を持つて 説の如く修行せんに 豈 仏果を得ざらんや いま まっぽうとうじの うち・むち・ざいけ・しゅっけ・じょうげ・ばんにん このみょうほうれんげきょうをたもって せつのごとくしゅぎょうせんに あに ぶっかをえざらんや IMA MAP'PŌ TOUJI NO UCHI・MUCHI・ZAIKE・JŌGE・BAN-NIN KONO MYOHO-RENGE-KYO WO TAMOT'TE SETSU NO GOTOKU SHU...

蔵の財よりも身の財すぐれたり - More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body

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本文 中務三郎左衛門尉は 主の御ためにも 仏法の御ためにも 世間の心ねも よかりけり・よかりけりと 鎌倉の人人の口に うたはれ給へ、 穴賢・穴賢、蔵の財よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財第一なり なかつかささぶろうさえもんのじょう は しゅ の おんため にも ぶっぽう の おんため にも せけん の こころね も よかりけり・よかりけり と かまくら の ひとびと の くち に うたわれ たまえ、 あなかしこ・あなかしこ・くら の たから より み の たから すぐれたり み の たから より こころ の たから だいいち なり 崇峻天皇御書 すしゅんてんのうごしょ [三種財宝御書] さんしゅざいほうごしょ (1173頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 中務三郎左衛門尉(四条金吾)は、主君のためにも、仏法においての心がけも、世間に対する心がけについても、人間として立派な人であった、立派であったと、鎌倉の人々にいわれるようになりなさい。 おそれ多くも、蔵におさめている財産よりも、健康、技能や才能などの自分の身の財産が優れている。その身の財よりも、誠実な振舞や感謝の念などの、心の財が第一なのである。 英語で御書 Gosho in English Live so that all the people of Kamakura will say in your praise that Nakatsukasa Saburō Saemon-no-jō is diligent in the service of his lord, in the service of Buddhism, and in his concern for other people. More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body,and the treasure of the heart are the most valuable of all. " The Three Kinds of Treasure " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, ...

なにの兵法よりも 法華経の兵法をもちひ給うべし - Employ the strategy of the Lotus Sutra before any other.

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本文 なにの兵法よりも 法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、 兵法 剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候 なに の へいほう より も ほけきょう の へいほう を もちい たもう べし、「しょよ おんてき・かいしつ さいめつ」の きんげん むなし かる べからず、 へいほう けんぎょう の だいじ も この みょうほう より いでたり,ふかく しんじん を とり たまえ、あえて おくびょう にて は かなう べからず そうろう 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [法華経兵法事] ほけきょうへいほうじ [剣形書]  けんぎょうしょ (1193頁)  弘安2年10月  (1279年)  通解(意訳) どのような策や方法よりも、信心によって智慧を引き出す「法華経の兵法」を用いていきなさい。 法華経を信受している者の成仏を妨げようとする、あらゆる魔の働きは、すべて信心の功徳で滅ぼすことができるのである(諸余怨敵・皆悉摧滅 しょ よ おん てき ・かい しつ さい めつ)。 教主釈尊の御金言が決して空しいはずがない。信心によって乗り越えられない苦難はないのである。 すべての世法も技術も、「心こそ大切なれ」という妙法の思想から生まれ出たものである。 いかなる逆境にあっても、題目を唱えて智慧を頂き、その智慧と御本尊の妙法の力を信じ抜いて、努力を惜しまず、前進する勇気をもって行動していきなさい。 信心も行動も、臆病であっては何事も成就することはできないのである。 英語で御書 Gosho in English Employ the strategy of the Lotus Sutra before any other. “All others who bear you enmity or malice will likewise be wiped out.” These golden words will never prove false.  The heart of strategy and swordsmanship derives from the Mystic Law. Hav...

蒼蠅驥尾に附して万里を渡り - A blue fly, if it clings to the tail of a thoroughbred horse, can travel ten thousand miles

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本文 蒼蠅 驥尾に附して 万里を渡り 碧蘿 松頭に懸りて 千尋を延ぶ、 弟子 一仏の子と生れて 諸経の王に事う、何ぞ 仏法の衰微を見て 心情の哀惜を起さざらんや そうよう きび に ふ して ばんり を わたり へきら しょうとう に かかりて せんじん を のぶ、 でし いちぶつ の こ として うまれて しょきょう の おう に つかう、なんぞ ぶっぽう の すいび を みて しんじょう の あいせき を おこさざらんや 立正安国論 りっしょうあんこくろん (26頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) 小さな青バエも、駿馬の尾につかまれば万里を渡ることができ、みどりのツル草は大きな松の枝先に寄り掛かれば、千尋も高く延びることができる、というたとえもある。 たとえ器は小さくとも、仏弟子である私は、第一の仏である釈尊の子と生まれて、あらゆる宗教の王である法華経に仕え信じている。 どうして仏法が衰弱していくのをみて、哀れ惜しむ心情を起こさないでいられようか。  英語で御書 Gosho in English A blue fly, if it clings to the tail of a thoroughbred horse, can travel ten thousand miles, and the green ivy that twines around the tall pine can grow to a thousand feet. I was born as the son of the one Buddha, Shakyamuni, and I serve the king of scriptures, the Lotus Sutra. How could I observe the decline of the Buddhist Law and not be filled with emotions of pity and distress? " On Establishing the Correct Teaching  for the Peace of the Land " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol...

教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ - The purpose of the appearance in this world of Shakyamuni Buddha, the lord of teachings, lies in his behavior as a human being.

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本文 教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、 穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ きょうしゅ しゃくそん の しゅっせい の ほんかい は ひと の ふるまい にて そうらいけるぞ、 あなかしこ・あなかしこ、かしこき を ひと と いい はかなき を ちく と いう 崇峻天皇御書 すしゅんてんのうごしょ [三種財宝御書] さんしゅざいほうごしょ (1174頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 教主釈尊が生まれ持った使命(出生の本懐)とは、法華経を説いて、人としての振る舞いを説くことであった。 くれぐれも、よくお聞きなさい。 誠実に振る舞う事を学んでいる、賢い者を人といい、振る舞いを知らない愚かなものを畜生というのである。  英語で御書 Gosho in English The purpose of the appearance in this world of Shakyamuni Buddha, the lord of teachings, lies in his behavior as a human being. Respectfully. The wise may be called human, but the thoughtless are no more than animals. " The Three Kinds of Treasure " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 852 in September, 1277.  [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 教主 釈尊 の 出世 の 本懐 は 人 の 振舞 にて 候けるぞ、 穴賢・穴賢、賢き を 人 と 云い はかなき を 畜 と いふ KYOSHU SHAKUSON NO SHUS'SEI NO HONKAI WA HITO NO FURUMAI NITE SŌRAIKERUZO,  ANAKASHIKO・ANAKASHIKO, KASHIKOKI WO HITO TO II HAKANAKI WO CHIKU TO IU 崇峻 天皇 御書 SUSH...

一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり - The varied sufferings that all living beings undergo—all these are the Thus Come One’s own sufferings.

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本文 涅槃経に云く「一切衆生 異の苦 を 受くるは 悉く 是 如来一人の 苦なり」等云云、 日蓮云く 一切衆生の 同一苦は 悉く 是 日蓮一人の苦と申すべし ねはんぎょう に いわく「いっさいしゅじょう いのく を うくる は ことごとく これ にょらい ひとり の く なり」とう うんぬん、 にちれん いわく いっさいしゅじょう の どういっく は ことごとく これ にちれん ひとり の く と もうすべし 諫暁八幡抄 かんぎょうはちまんしょう (587頁) 弘安3年12月 (1280年) 通解(意訳) 涅槃経には「一切衆生の、異なる因縁や果報によって起こる種々さまざまな苦悩は、ことごとく、これ 如来一人の 苦である」等と説かれている。 日蓮も同じく「日本国の一切衆生が、皆同じ大謗法を犯すという大罪によって受ける苦しみは、ことごとく、これ日蓮一人の苦である」と言うのである。  英語で御書 Gosho in English The Nirvana Sutra says, “The varied sufferings that all living beings undergo—all these are the Thus Come One’s own sufferings.” And Nichiren declares that the sufferings that all living beings undergo, all springing from this one cause—all these are Nichiren’s own sufferings. " On Reprimanding Hachiman " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 934 in December, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 涅槃経 に 云く「一切衆生 異 の 苦 を 受くる は 悉く 是 如来 一人 の 苦 なり」等 云云、 日蓮 云く 一切衆生 の 同一苦 は 悉く 是 日蓮 一人 の 苦 と 申す べし NEHAN-GYŌ NI IWAKU「IS'...