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因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す - Shakyamuni’s practices and the virtues he consequently attained are all contained within the five characters of Myoho-renge-kyo.

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本文 釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す 我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う しゃくそんの いんぎょうかとく の にほうは みょうほうれんげきょうの ごじ に ぐそくす われら この ごじを じゅじすれば じねんに かの いんがの くどくを ゆずりあたえ たもう 観心本尊抄 かんじんのほんぞんしょう [如来滅後五五百歳始観心本尊抄] にょらいめつご ご ごひゃくさい に はじむ かんじん の ほんぞんしょう [法本尊開顕の書] ほうほんぞんかいけんのしょ (246頁) 文永10年4月 (1272年) 通解(意訳) 釈尊が久遠より積み重ねた、成仏の原因である修行(因行)と、その結果として得た福徳(果徳)の二法は、全て妙法蓮華経の五字に具足している。 私たちは、この妙法蓮華経を受持して、自行化他の題目を唱え実践していくならば、自然に必ず、成仏の原因も結果も私達に譲り与えられるのである。 英語で御書 Gosho in English Shakyamuni’s practices and the virtues he consequently attained are all contained within the five characters of Myoho-renge-kyo. If we believe in these five characters, we will naturally be granted the same benefits as he was. " The Object of Devotion for Observing the Mind " " The Object of Devotion for Observing the Mind Established  in the Fifth Five-Hundred-Year Period  after the Thus Come One’s Passing " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 365 in April, 1272. [ --- ] is liberal translation. Gosho ...

唯ひとへに末法の令法久住の故なり - What they decided on was nothing other than the perpetuation of the Law throughout the Latter Day.

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本文 ともかくも法華経に名をたて 身をまかせ給うべし、 釈迦仏 多宝仏・十方の諸仏・菩薩・虚空にして 二仏 うなづき合い、定めさせ給いしは別の事には非ず、 唯 ひとへに末法の 令法久住の故なり ともかくも ほけきょうに なを たて みを まかせ たもうべし、 しゃかぶつ たほうぶつ・じっぽう の しょぶつ・ぼさつ・こくう に して にぶつ うなずきあい、さだめさせ たまいしは べつのこと には あらず、 ただ ひとえに まっぽうの りょうほうくじゅう の ゆえ なり 諸法実相抄 しょほうじっそうしょう (1360頁) 文永10年5月 (1273年) 通解(意訳) なんとしても、法華経に名を立て、身を任せていきなさい。 釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏・菩薩等、あらゆる仏菩薩達が集まり、虚空会の儀式において、釈迦仏と多宝仏の二人の仏がうなずきあい、その時に定められた(決めた)ことは、(一切衆生を仏にする事以外の)別のことではない。 ただひとえに、末法において、法華経の肝心である南無妙法蓮華経という、万人成仏のための立派な法(令法・りょうほう)を、釈尊滅度より久しく末法の世に住在させる(久住・くじゅう、令法久住・りょうほう くじゅう)のためであり、地涌の菩薩にその使命を託されたのである。 英語で御書 Gosho in English Now you must build your reputation on the Lotus Sutra and give yourself up to it. At the Ceremony in the Air, when the Buddhas and bodhisattvas of the ten directions gathered together, the two Buddhas, Shakyamuni and Many Treasures, nodded in agreement. What they decided on was nothing other than the perpetuation of the Law throughout the Latter Day. " The True Aspect of All Phenomena " "The Writing...

冬は必ず春となる - Winter always turns to spring.

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本文 法華経を信ずる人は冬のごとし 冬は必ず春となる、 いまだ昔より きかず・みず 冬の秋と かへれる事を、いまだきかず 法華経を信ずる人の凡夫となる事を、 経文には「若有聞法者無一不成仏」と とかれて候 ほけきょう を しんずる ひと は ふゆ の ごとし ふゆ は かならず はる と なる、 いまだ むかし より きかず・みず ふゆ の あき と かえれる ことを、いまだ きかず ほけきょう を しんずる ひと の ぼんぷ と なる ことを、 きょうもん には「にゃく う もん ぽう しゃ む いち ふ じょう ぶつ」と とかれて そうろう 妙一尼御前御消息 みょういちあまごぜんごへんじ [冬必為春事] ふゆはかならずはるとなるのこと (1253頁) 建治元年5月 (1275年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人は、極寒の冬の辛い時期を耐える人のようなものである。 しかし、辛い冬も永遠に続くことはなく、信心根本に耐え貫いていけば、必ず春のような幸福が訪れるのである。 未だかつて、冬が春とならずに秋に戻ったということは、聞いたことも見たこともない。同じように、いまだかつて法華経を信ずる人が、仏に成らず凡夫のままである、ということも聞いたことがない。 経文には「もしこの法を聞くことがあれば、一人として成仏しない人はいない」と説かれている。  英語で御書 Gosho in English Those who believe in the Lotus Sutra are as if in winter, but winter always turns to spring. Never, from ancient times on, has anyone heard or seen of winter turning back to autumn. Nor have we ever heard of a believer in the Lotus Sutra who turned into an ordinary person. The sutra reads, “If there are those who hear the Law, then not a one will fail to attain Buddhahood.” " Wi...

南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや - Nam-myoho-renge-kyo is like the roar of a lion. What sickness can therefore be an obstacle?

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本文 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや、 鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり なんみょうほうれんげきょう は ししく の ごとし・いかなる やまい さわり を なす べきや、 きしぼじん・じゅうらせつにょ・ほけきょう の だいもく を たもつ もの を しゅご すべし と みえたり 経王殿御返事 きょうおうどのごへんじ (1124頁) 文永10年8月 (1273年) 通解(意訳) 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、成仏への障りをなすことができようか。 鬼女母神や十羅刹女などの諸天善神が、法華経の題目を持つ者を守護すると、経文には書かれているのである 英語で御書 Gosho in English Nam-myoho-renge-kyo is like the roar of a lion. What sickness can therefore be an obstacle? It is written that those who embrace the daimoku of the Lotus Sutra will be protected by the Mother of Demon Children and by the ten demon daughters.  " Reply to Kyō’ō " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 412 in August, 1273 [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 南無妙法蓮華経 は 師子吼 の 如し・いかなる 病 さはり を なすべきや、 鬼子母神・十羅刹女・法華経 の 題目 を 持つ もの を 守護 すべし と 見えたり NAM-MYOHO-RENGE-KYO WA SHISHI-KU NO GOTOSHI・IKANARU YAMAI SAWARI WO NASUBEKIYA, KISHIBOJIN・JŪRASETSUNYO・HOKEKYO NO DAIMOKU WO TAMOTU MONO WO SHUGO SUBESHI TO MIETA...

かかる大難にあへり - Hence I have suffered this severe persecution.

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本文 一日・片時も・たゆむ事なく・よばわりし故に・かかる大難にあへり いちにち・かたときも・たゆむことなく・よばわりしゆえに・かかるだいなんにあえり 弥源太殿御返事  やげんたどのごへんじ [善悪二刀御書] ぜんあくにとうごしょ (1226頁) 文永11年2月 (1274年) 通解(意訳) 法華経の肝心である南無妙法蓮華経こそが正しい法であることを、一日たりとも、また片時もたゆむことなく叫び続けてきたゆえに、様々な法難にあったのである。 信心を貫き通す法華経の行者であるからこそ、様々な難が起きるのである。 英語で御書 Gosho in English I am forever reminding them that they will not only ruin themselves and destroy the country in this lifetime, but fall into the great Avīchi hell in the next. Hence I have suffered this severe persecution. " The Swords of Good and Evil "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 451 in February, 1274. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 一日・片時 も・たゆむ 事 なく・よばわりし 故 に・かかる 大難 に あへり ICHINICHI・KATATOKI MO・TAYUMU KOTO NAKU・YOBAWARISHI YUENI・KAKARU DAINAN NI AERI 弥源太 殿 御返事  YAGENTA DONO GOHENJI [善悪 二刀 御書] ZEN-AKU NI TŌ GOSHO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Trans...

過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか - It must be ties of karma from the distant past that have destined you to become my disciple at a time like this.

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本文 過去の宿縁追い来つて今度日蓮が弟子と成り給うか・釈迦多宝こそ御存知候らめ、 「在在諸仏土常与師倶生」よも虚事候はじ かこの しゅくえん おい きたって こんど にちれんが でしと なり たもうか・しゃか たほうこそ ごぞんじ そうらめ、 「ざい ざい しょ ぶつ ど じょう よ し ぐ しょう」よも そらごと そうらわじ 生死一大事血脈抄 しょうじいちだいじけつみゃくしょう (1338頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 過去世からの宿縁に導かれて、今世に日蓮と同じ日本の国土に共に生まれ、日蓮の弟子となられたのであろうか。釈迦仏・多宝如来こそご存知のことであろう。 法華経化城喩品第7に、「あらゆる場所の、あらゆる諸仏の国土に、常に師と同じ時・同じ場所に生まれる」(在在諸仏土常与師倶生、ざい ざい しょ ぶつ ど じょう よ し ぐ しょう)と書かれていることが、まさか嘘であるはずがない。 生死を貫く師弟の絆 「あなた(初代会長・牧口常三郎先生)の慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れていってくださいました。  そのおかげで、『在在諸仏土・常与師倶生』と、妙法蓮華経の一句を身でもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができました。 なんたるしあわせでございましょうか」 -戸田城聖 「この一言に私は感動した。 それと同じ心で私もまた戸田先生にお仕えしようと決めた。 師に捧げた、わが人生に一つの後悔もない」 -池田大作 英語で御書 Gosho in English It must be ties of karma from the distant past that have destined you to become my disciple at a time like this. Shakyamuni and Many Treasures certainly realized this truth. The sutra’s statement, “Those persons who had heard the Law dwelled here and there in various Buddha lands, constantly reborn in company ...

夜は眠りを断ち昼は暇を止めて之を案ぜよ - Cut short your sleep by night and curtail your leisure by day and ponder this!

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本文 我が門家は 夜は眠りを断ち 昼は暇を止めて 之を案ぜよ 一生空しく過して 万歳 悔ゆること勿れ わが もんけは よるは ねむりを たち ひるは いとまを とどめて これを あんぜよ いっしょう むなしく すごして ばんさい くゆること なかれ 富木殿御書 ときどのごしょ [止暇断眠御書] しかだんみんごしょ (970頁) 建治元年8月 (1275年) 通解(意訳) 我が門下生は、夜は眠りを断ち、昼は暇なく「今、広宣流布の為に自分に何ができるか」を思案しなさい。 一生を空しく過ごして、後生・万歳(来世以降・万年の歳月)に渡って、悔やしく思うようであってはならない。 英語で御書 Gosho in English In the light of the above points, this shows my followers, cut short your sleep by night and curtail your leisure by day and ponder this! You must not spend your lives in vain and regret it for ten thousand years to come. " The Problem to Be Pondered Night and Day " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 622 in Month, 1275. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  "In the light of the above points" Meaning this phrase is "What can I do now for spread the SGI Nichiren Buddhism, for Kosen-Rufu." Gosho in Japanese 我が 門家 は 夜 は 眠り を 断ち 昼 は 暇 を 止めて 之 を 案ぜよ 一生 空しく 過して 万歳 悔ゆる こと 勿れ WAGA MONKE...