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皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なり - A country where ... can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra.

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本文 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり かみも しもも きも せんも じかいも はかいも おとこも おんなも みな おしなべて ほけきょうにて じょうぶつすべき くになり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (545頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) 日本という国は、身分の上も下も、貴い人も賎しい人も、持戒を持つ僧侶も破戒の僧侶も、男も女も、皆が等しく法華経によって成仏することができる国なのである。 英語で御書 Gosho in English Japan is therefore a country where high and low, eminent and humble, those who observe the precepts and those who break them, men and women alike, can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddhahood through the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 873 in March, 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり KAMI MO SHIMO MO KI MO SEN MO JIKAI MO HAKAI MO OTOKO MO ON-NA MO MINA OSHINABETE HOKEKYO NITE JŌBUTSU SUBEKI KUNI NARI 法華 初心 成仏 抄 HOK'KE SHOSHIN JŌBUTSU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The W...

よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり - In kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddh...

よき火打とよき石のかどと・よきほくちと此の三寄り合いて火を用ゆるなり - To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddhahood throu...

仏の種は 法華経より外になきなり - the seeds of Buddhahood exist nowhere apart from the Lotus Sutra.

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本文 とてもかくても 法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし 謗ぜん者は 毒鼓の縁となって仏になるべきなり、 何にとしても  仏の種は 法華経より外になきなり とてもかくても ほけきょう を しいて とき きかす べし、しんぜん ひと は ほとけ に なるべし ぼうぜん もの は どっく の えん と なって ほとけ に なるべき なり、 いかにとしても ほとけ の たね は ほけきょう より ほか に なきなり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (552頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) とにもかくにも、法華経を強いて 説き聞かせるべきである。信ずる人は仏になり、謗る(そしる)者は 、涅槃経にある毒鼓の縁(どっく の えん、毒を塗った太鼓を叩くと、聞く人も聞こうとしない人も、その音を聞いた者は皆死ぬ=煩悩を滅し、法華経への道を得る)、逆縁となって仏になるのである。 どちらにしても仏の種は、法華経よりほかにはないのである。 相手が聞くか聞かないかはともかく、「自分の勇気を強く奮い立たせて、誠実に粘り強く」あえて信心の事を語り、信心の種を相手に植え付ける(下種していく)べきである。すぐにその種が芽生える人(発心下種・ほっしんげしゅ)もいれば、すぐには芽生えない人(聞法下種・もんぽうげしゅ)もいる。 どちらにしても、種はまいているのだから、必ず相手が信心をする時がくる。折伏の結果は相手ではなく、自分の一念次第なのである。 英語で御書 Gosho in English One should by all means persist in preaching the Lotus Sutra and causing them to hear it. Those who put their faith in it will surely attain Buddhahood, while those who slander it will establish a “poison-drum relationship” with it and will likewise attain Buddhahood. In any event, the seeds of Buddhahood exist nowhere ...

皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なり - A country where ... can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra.

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本文 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり かみも しもも きも せんも じかいも はかいも おとこも おんなも みな おしなべて ほけきょうにて じょうぶつすべき くになり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (545頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) 日本という国は、身分の上も下も、貴い人も賎しい人も、持戒を持つ僧侶も破戒の僧侶も、男も女も、皆が等しく法華経によって成仏することができる国なのである。 英語で御書 Gosho in English Japan is therefore a country where high and low, eminent and humble, those who observe the precepts and those who break them, men and women alike, can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddhahood through the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 873 in March, 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり KAMI MO SHIMO MO KI MO SEN MO JIKAI MO HAKAI MO OTOKO MO ON-NA MO MINA OSHINABETE HOKEKYO NITE JŌBUTSU SUBEKI KUNI NARI 法華 初心 成仏 抄 HOK'KE SHOSHIN JŌBUTSU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The W...

よき火打とよき石のかどと・よきほくちと此の三寄り合いて火を用ゆるなり - In kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddh...

仏の種は法華経より外になきなり - the seeds of Buddhahood exist nowhere apart from the Lotus Sutra.

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本文 とてもかくても 法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし 謗ぜん者は 毒鼓の縁となって仏になるべきなり、 何にとしても  仏の種は 法華経より外になきなり とてもかくても ほけきょう を しいて とき きかす べし、しんぜん ひと は ほとけ に なるべし ぼうぜん もの は どっく の えん と なって ほとけ に なるべき なり、 いかにとしても ほとけ の たね は ほけきょう より ほか に なきなり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (552頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) とにもかくにも、法華経を強いて 説き聞かせるべきである。信ずる人は仏になり、謗る(そしる)者は 、涅槃経にある毒鼓の縁(どっく の えん、毒を塗った太鼓を叩くと、聞く人も聞こうとしない人も、その音を聞いた者は皆死ぬ=煩悩を滅し、法華経への道を得る)、逆縁となって仏になるのである。 どちらにしても仏の種は、法華経よりほかにはないのである。 相手が聞くか聞かないかはともかく、「自分の勇気を強く奮い立たせて、誠実に粘り強く」あえて信心の事を語り、信心の種を相手に植え付ける(下種していく)べきである。すぐにその種が芽生える人(発心下種・ほっしんげしゅ)もいれば、すぐには芽生えない人(聞法下種・もんぽうげしゅ)もいる。 どちらにしても、種はまいているのだから、必ず相手が信心をする時がくる。折伏の結果は相手ではなく、自分の一念次第なのである。 英語で御書 Gosho in English One should by all means persist in preaching the Lotus Sutra and causing them to hear it. Those who put their faith in it will surely attain Buddhahood, while those who slander it will establish a “poison-drum relationship” with it and will likewise attain Buddhahood. In any event, the seeds of Buddhahood exist nowhere ...

よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し - a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspiring to the W...

皆おしなべて法華経にて成仏すべき - Can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra.

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本文 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり かみも しもも きも せんも じかいも はかいも おとこも おんなも みな おしなべて ほけきょうにて じょうぶつすべき くになり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (545頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) 日本という国は、身分の上も下も、貴い人も賎しい人も、持戒を持つ僧侶も破戒の僧侶も、男も女も、皆が等しく法華経によって成仏することができる国なのである。 英語で御書 Gosho in English Japan is therefore a country where high and low, eminent and humble, those who observe the precepts and those who break them, men and women alike, can all attain Buddhahood through the Lotus Sutra. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddhahood through the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 873 in March, 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 上も下も 貴も賎も 持戒も破戒も 男も女も 皆 おしなべて 法華経にて 成仏すべき国なり KAMI MO SHIMO MO KI MO SEN MO JIKAI MO HAKAI MO OTOKO MO ON-NA MO MINA OSHINABETE HOKEKYO NITE JŌBUTSU SUBEKI KUNI NARI 法華 初心 成仏 抄 HOK'KE SHOSHIN JŌBUTSU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The W...

よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり - In kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspiring to the Way  Can Attain Buddh...

仏の種は 法華経より外になきなり - the seeds of Buddhahood exist nowhere apart from the Lotus Sutra.

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本文 とてもかくても 法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし 謗ぜん者は 毒鼓の縁となって仏になるべきなり、 何にとしても  仏の種は 法華経より外になきなり とてもかくても ほけきょう を しいて とき きかす べし、しんぜん ひと は ほとけ に なるべし ぼうぜん もの は どっく の えん と なって ほとけ に なるべき なり、 いかにとしても ほとけ の たね は ほけきょう より ほか に なきなり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (552頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) とにもかくにも、法華経を強いて 説き聞かせるべきである。信ずる人は仏になり、謗る(そしる)者は 、涅槃経にある毒鼓の縁(どっく の えん、毒を塗った太鼓を叩くと、聞く人も聞こうとしない人も、その音を聞いた者は皆死ぬ=煩悩を滅し、法華経への道を得る)、逆縁となって仏になるのである。 どちらにしても仏の種は、法華経よりほかにはないのである。 相手が聞くか聞かないかはともかく、「自分の勇気を強く奮い立たせて、誠実に粘り強く」あえて信心の事を語り、信心の種を相手に植え付ける(下種していく)べきである。すぐにその種が芽生える人(発心下種・ほっしんげしゅ)もいれば、すぐには芽生えない人(聞法下種・もんぽうげしゅ)もいる。 どちらにしても、種はまいているのだから、必ず相手が信心をする時がくる。折伏の結果は相手ではなく、自分の一念次第なのである。 英語で御書 Gosho in English One should by all means persist in preaching the Lotus Sutra and causing them to hear it. Those who put their faith in it will surely attain Buddhahood, while those who slander it will establish a “poison-drum relationship” with it and will likewise attain Buddhahood. In any event, the seeds of Buddhahood exist...

籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し - When a caged bird sings, birds who are flying in the sky are thereby summoned and gather around

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本文 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて 我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し わが こしん の みょうほうれんげきょう を ほんぞん と あがめ たてまつりて わが こしんちゅう の ぶっしょう・なんみょうほうれんげきょう と よび よばれて あらわれ たもう ところを ほとけ とは いうなり、 たとえば かごの なかの とり なけば そら とぶ とりの よばれて あつまるが ごとし、そら とぶ とりの あつまれば かごの なかの とりも いでんと するが ごとし 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (557頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、我が己心の中の仏性を南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。 たとえば、かごの中の鳥が鳴けば、空をとぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、かごの中の鳥も出ようとするようなものである。 英語で御書 Gosho in English When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the object of devotion, the Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo. This is what is meant by “Buddha.” To illustrate, when a caged bird sings, birds who are flying in the sky are thereby summoned and gather around, and when the birds flying in the sky gather around, the bird in the cage strives to get out. " How Those Initially As...

仏の種は 法華経より外になきなり - the seeds of Buddhahood exist nowhere apart from the Lotus Sutra.

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本文 とてもかくても 法華経を強いて説き聞かすべし、信ぜん人は仏になるべし 謗ぜん者は 毒鼓の縁となって仏になるべきなり、 何にとしても  仏の種は 法華経より外になきなり とてもかくても ほけきょう を しいて とき きかす べし、しんぜん ひと は ほとけ に なるべし ぼうぜん もの は どっく の えん と なって ほとけ に なるべき なり、 いかにとしても ほとけ の たね は ほけきょう より ほか に なきなり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (552頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) とにもかくにも、法華経を強いて 説き聞かせるべきである。信ずる人は仏になり、謗る(そしる)者は 、涅槃経にある毒鼓の縁(どっく の えん、毒を塗った太鼓を叩くと、聞く人も聞こうとしない人も、その音を聞いた者は皆死ぬ=煩悩を滅し、法華経への道を得る)、逆縁となって仏になるのである。 どちらにしても仏の種は、法華経よりほかにはないのである。 相手が聞くか聞かないかはともかく、「自分の勇気を強く奮い立たせて、誠実に粘り強く」あえて信心の事を語り、信心の種を相手に植え付ける(下種していく)べきである。すぐにその種が芽生える人(発心下種・ほっしんげしゅ)もいれば、すぐには芽生えない人(聞法下種・もんぽうげしゅ)もいる。 どちらにしても、種はまいているのだから、必ず相手が信心をする時がくる。折伏の結果は相手ではなく、自分の一念次第なのである。 英語で御書 Gosho in English One should by all means persist in preaching the Lotus Sutra and causing them to hear it. Those who put their faith in it will surely attain Buddhahood, while those who slander it will establish a “poison-drum relationship” with it and will likewise attain Buddhahood. In any event, the seeds of Buddhahood exis...

我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて - When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the object of devotion

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本文 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて 我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し わが こしん の みょうほうれんげきょう を ほんぞん と あがめ たてまつりて わが こしんちゅう の ぶっしょう・なんみょうほうれんげきょう と よび よばれて あらわれ たもう ところを ほとけ とは いうなり、 たとえば かごの なかの とり なけば そら とぶ とりの よばれて あつまるが ごとし、そら とぶ とりの あつまれば かごの なかの とりも いでんと するが ごとし 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (557頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、我が己心の中の仏性を南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。 たとえば、かごの中の鳥が鳴けば、空をとぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、かごの中の鳥も出ようとするようなものである。 英語で御書 Gosho in English When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the object of devotion, the Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo. This is what is meant by “Buddha.” To illustrate, when a caged bird sings, birds who are flying in the sky are thereby summoned and gather around, and when the birds flying in the sky gather around, the bird in the cage strives to get out. " How Those Initially As...

よき師と・よき檀那と・よき法と此の三寄り合いて祈を成就し - a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land.

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本文 よき火打と よき石のかどと・よきほくちと 此の三寄り合いて火を用ゆるなり、 祈も又是くの如し よき師と・よき檀那と・よき法と 此の三寄り合いて祈を成就し国土の大難をも払ふべき者なり よき ひうち と よき いし の かど と・よき ほくち と この みつ よりあいて ひ を もちゆる なり、 いのり も また かく の ごとし よき し と・よき だんな と・よき ほう と この みつ よりあいて いのり を じょうじゅ し こくど の だいなん をも はらう べき もの なり 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう (550頁) 建治3年3月 (1277) 通解(意訳) よい火打ち金と、よい火打ち石の角と、よい火口と、この三つが寄り合って、火を得るために用いられるのである。 祈りもまた同じである。よい師と、よい弟子と、よい法と、この三つが寄り合って、祈りを成就し、国土の大難をも払うことができるのである。 師弟共戦こそ学会精神の真髄 牧口先生も、戸田先生も、それぞれの御書に線を引いて大切にされた、まさに師弟共戦の御金言です。 南無妙法蓮華経を弘められた大聖人こそ、末法の御本仏であり、「よき師」であられます。そして、大聖人のご遺命のままに、広宣流布のため、不惜身命で戦い抜かれた先師・牧口先生、恩師・戸田先生は私達にとって、広布と人生の「よき師」であります。 -池田大作 英語で御書 Gosho in English To illustrate, in kindling a fire, three things are needed: a good piece of steel, a good flint, and good tinder. The same is true of prayer. Three things are required—a good teacher, a good believer, and a good teaching—before prayers can be effective and disasters banished from the land. " How Those Initially Aspirin...

我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経と よびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり - The Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo. This is what is meant by “Buddha.”

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本文 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて 我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し わが こしん の みょうほうれんげきょう を ほんぞん と あがめ たてまつりて わが こしんちゅう の ぶっしょう・なんみょうほうれんげきょう と よび よばれて あらわれ たもう ところを ほとけ とは いうなり、 たとえば かごの なかの とり なけば そら とぶ とりの よばれて あつまるが ごとし、そら とぶ とりの あつまれば かごの なかの とりも いでんと するが ごとし WAGA KOSHIN NO MYOHO-RENGE-KYO WO HONZON TO AGAME TATEMATSURITE WAGA KOSHIN-CHŪ NO BUS'SHŌ・NAM-MYOHO-RENGE-KYO TO YOBI YOBARETE ARAWARE TAMOU TOKORO WO HOTOKE TOWA IU NARI, TATOEBA KAGO NO NAKA NO TORI NAKEBA SORA TOBU TORI NO YOBARETE ATSUMARU GA GOTOSHI, SORA TOBU TORI NO ATSUMAREBA KAGO NO NAKA NO TORI MO IDEN TO SURU GA GOTOSHI 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう HOKKE SHOSIN J Ō BUTSU SH Ō (557頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、我が己心の中の仏性を南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。 たとえば、かごの中の鳥が鳴けば、空をとぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、かごの中の鳥も出ようとするようなものである。 英語で御書 Gosho in English When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the o...

我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経と よびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり - The Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo. This is what is meant by “Buddha.”

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本文 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて 我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し わが こしん の みょうほうれんげきょう を ほんぞん と あがめ たてまつりて わが こしんちゅう の ぶっしょう・なんみょうほうれんげきょう と よび よばれて あらわれ たもう ところを ほとけ とは いうなり、 たとえば かごの なかの とり なけば そら とぶ とりの よばれて あつまるが ごとし、そら とぶ とりの あつまれば かごの なかの とりも いでんと するが ごとし 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう HOKKE SHOSIN JOBUTSU SHO (557頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、我が己心の中の仏性を南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。 たとえば、かごの中の鳥が鳴けば、空をとぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、かごの中の鳥も出ようとするようなものである。 英語で御書 Gosho in English When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the object of devotion, the Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo.  This is what is meant by “Buddha.” To illustrate, when a caged bird sings, birds who are flying in the sky are thereby summoned and gather around, and when the birds flying in the sky gather around, the bird in the cag...