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人は善根をなせば必ずさかう - Will human beings never fail to prosper when they make good causes.

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本文 花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう・人は善根をなせば必ずさかう はな は ひらいて このみ と なり・つき は いでて かならず みち・ともしび は あぶら を させば ひかり を まし・そうもく は あめ ふれば さかう・ひと は ぜんこん を なせば かならず さかう 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [正月三日御書] しょうがつみっかごしょ (1562頁)  弘安3年1月   (1280年) 通解(意訳) 花は咲いて果実となり、月は出て必ず満ち、燈火は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば生い茂って栄える。同じように人は善根を積めば必ず栄えるのである。 英語で御書 Gosho in English Just as flowers open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes. " The Third Day of the New Year " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1013  in January, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 花 は 開いて 果 と なり・月 は 出でて 必ず みち・ 燈 は 油 を させば 光 を 増し・草木 は 雨ふれば さかう・ 人 は 善根 を なせば 必ず さかう HANA WA HIRAITE KONOMI TO NARI・TSUKI WA IDETE KANARAZU MICHI・ TOMOSHIBI WA ABURA WO SASEBA HIKARI WO MASHI・SOUMOKU WA AM...

水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり - To have faith like water means to believe continuously without ever regressing.

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本文 法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、 水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり ほけきょう を しんずる ひと あり・あるいは ひ の ごとく しんずる ひと も あり・あるいは みず の ごとく しんずる ひと も あり、 ちょうもん する とき は・もえたつ ばかり おもえども・とおざかり ぬれば・すつる こころ あり、 みず の ごとく と もうす は・いつも・たいせず しんずる なり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [水火二信抄] すいかにしんしょう (1544頁) 建治4年2月 (1279年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人がいる。あるいは火のように信ずる人もあり、あるいは水の流れるように信ずる人もいる。 火のように信ずる人というのは、法華経の法門を聴いたその時は、燃え立つような信心が沸き起こるように思うけれども、時が経つにつれて遠ざかると、その発心した心を忘れてしまうのである。  水のように信ずる人というのは、常に後退せずに信ずる人をいうのである。 英語で御書 Gosho in English Today there are people who have faith in the Lotus Sutra. The belief of some is like fire while that of others is like water. When the former listen to the teachings, their passion flares up like fire, but as time goes on, they tend to discard their faith. To have faith like water means to believe continuously without ever regressing. " The Two Kinds of Faith " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 899 in February, 127...

願くは我が弟子等・大願ををこせ - My wish is that all my disciples make a great vow.

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本文 願くは我が弟子等・大願を をこせ、去年 去去年(こぞ おととし)の やくびやうに 死にし 人人の・かずにも入らず、又当時・蒙古のせめに・まぬかるべしとも みへず、 とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは・たうじのごとし、 をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海に あつらへ・ちりを大地に うづむと をもへ ねがわくは わが でし ら・だいがん を おこせ、こぞ おととし の やくびょう に しに し ひとびと の・かず にも いらず、また とうじ・もうこ の せめ に・まぬかるべし とも みえず、 とにかく に し は いちじょう なり、そのときの なげき は とうじ の ごとし、 おなじく は・かり にも ほけきょう の ゆえ に いのち を すてよ、つゆ を たいかい に あつらえ・ちり を だいち に うずむ と おもえ 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [竜門御書] りゅうもんごしょ 1561頁 弘安2年11月 (1279年) 通解(意訳) 願わくは、我が弟子たちは広宣流布という大願を起こしなさい。 去年や一作年に起こった疫病で死んだ人々の数には入らなかったにしても、現在、蒙古(モンゴル帝国)が攻めてきた時に、死を免れることができるとは思えない。 とにかく、どんな形であれ、人の死というものは、いずれ皆に平等に訪れるものであり、决定した(けつじょう した、決まった)事である。その時の嘆きや苦しみは、死の間際では全く同じ苦しみなのである。 同じ死を迎える事が決定しているのであれば、「もしかしたら、自分の命は明日には無いかもしれない」と思い切って、法華経のために命を捨てなさい。 これこそ、露のような小さな生命を、法華経という大海に入れるように、また塵が妙法という大地に埋める事だと思いなさい。 法華経のために命を捨てるということは、今世においては、最高に幸福な人生を送ることができ、最期にはまた、法華経の行者として誉れ高い死を迎えることができる。そして来世に於いてもまた法華経に縁して、法華経の行者として生まれてくることができるのである。 英語で御書 Gosho in English My wish is that all my disciples make a great vow. We are...

一眼のかめの浮木の穴に入り... - The one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log...

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本文 南無妙法蓮華経と唱えさせ給いける事は・一眼の かめ の浮木の穴に入り・天より下 いと の 地の はりの 穴に入るがごとし なんみょうほうれんげきょう と となえさせ たまいける こと は・いちげん の かめ の うきぎ の あな に いり・てん より くだす いと の ち の はり の あな に はいる が ごとし 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [末法要法御書] まっぽうようほうごしょ (1545頁)  弘安元年4月 (1278年) 通解(意訳) 南無妙法蓮華経と唱えられたということは、千年に一度しか浮かび上がってこない伝説の一眼の亀が、海に浮いていた浮木にたまたま出会って、浮き木の穴に入ることができたようなものであり、天から下した糸が、大地に立ててある針の穴に通ったようなものである。 このように、南無妙法蓮華経と唱える事自体が大変まれな事であり、素晴らしい事なのである。   英語で御書 Gosho in English This is as rare as the one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log, or a thread lowered from the heavens passing through the eye of a needle on earth.  " The Teaching for the Latter Day "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 903 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  This is as rare...; Chanting the Nam-Myoho-Renge-Kyo. The One-eyed turtle; Legendary turtle that come up to surface on the sea at the only once in a thousand years. As in these ex...

とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ - Be that as it may, commit yourself to the Lotus Sutra and have faith in its teachings.

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本文 とにかくに 法華経に身をまかせ 信ぜさせ給へ、殿一人に かぎるべからず・信心をすすめ給いて 過去の父母等をすくわせ給へ。 日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり とにかくに ほけきょうに みを まかせ しんぜ させたまえ、とのいちにんにかぎらず・しんじんをすすめたまいてかこのぶもとうをすくわせたまえ。 にちれんうまれしときより・いまにいちにちかたときも・こころやすきことはなし、このほけきょうのだいもくをひろめんとおもうばかりなり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [刀杖難事] とうじょうなんのこと (1557~1558頁) 弘安2年4月 (1272年) 通解(意訳) とにかく、法華経に身をまかせて信じていきなさい。あなた一人だけが信ずるだけでなく、縁した人々に信心をすすめて、過去の父母等(=今世の人生で巡り合う無数の縁ある人々)を救っていきなさい。 日蓮は生まれたときから今日に至るまで、片時も心が休まることはない。ただただ、この法華経の題目である、南無妙法蓮華経を弘めようと思うばかりである。 英語で御書 Gosho in English Be that as it may, commit yourself to the Lotus Sutra and have faith in its teachings. You must not only believe in them yourself but also encourage others to do the same, so that you may save those who were your parents in all your past existences. From the time that I was born until today, I have never known a moment’s ease; I have thought only of propagating the daimoku of the Lotus Sutra. " Persecution by Sword and Staff "  "The Writings of Nichi...

人のものををしふると申すは車のおもけれども油を ぬりてまわり - Teaching another something is the same as oiling the wheels of a cart so that they turn even though it is heavy

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本文 仏にやすやすとなる事の候ぞ・をしへ まいらせ候はん、 人の ものを をしふる と 申すは 車のおもけれども 油を ぬりてまわり・ふねを水にうかべて ゆき やすき やうに をしへ候なり、 仏になりやすき事は 別のやう候はず、 旱魃に かわけるものに 水をあたへ・寒冰に こごへたるものに 火を あたふる が ごとし ほとけ に やすやす と なる こと の そうろう ぞ・おしえ まいらせ そうらわん、 ひと の もの を おしうる と もうす は くるま の おもけれども あぶら を ぬりて まわり・ふね を みず に うかべて ゆきやすき ように おしえ そうろう なり、 ほとけ に なりやすき こと は べつ の よう そうらわず、 かんばつ に かわける もの に みず を あたえ・かんひょう に こごえたる もの に ひ を あたうる が ごとし 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [須達長者御書] すだつちょうじゃごしょ (1574頁) 弘安3年12月 ( 1280年) 通解(意訳) 仏に安々と成れる方法を、教えて差し上げよう。 人がものを教えるというのは、車が重かったとしても、油を塗って車輪の回りをよくし、船を水に浮かべて、岸辺に行きやすくなるように教えるようなものである。 仏に成りやすい方法というのは、特別なことではない。干ばつの時、喉の渇いた者に水を与え、寒さに凍えた者に火を与えるようにすることである。 英語で御書 Gosho in English I will teach you how to become a Buddha easily. Teaching another something is the same as oiling the wheels of a cart so that they turn even though it is heavy, or as floating a boat on water so that it moves ahead easily. The way to become a Buddha easily is nothing special. It is the same as giving water to a thirsty person in a time of drou...

11周年: 或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり - The 11th Anniversary: The belief of some is like fire while that of others is like water.

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本文 法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、 水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり ほけきょう を しんずる ひと あり・あるいは ひ の ごとく しんずる ひと も あり・あるいは みず の ごとく しんずる ひと も あり、 ちょうもん する とき は・もえたつ ばかり おもえども・とおざかり ぬれば・すつる こころ あり、 みず の ごとく と もうす は・いつも・たいせず しんずる なり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [水火二信抄] すいかにしんしょう (1544頁) 建治4年2月 (1279年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人がいる。あるいは火のように信ずる人もあり、あるいは水の流れるように信ずる人もいる。 火のように信ずる人というのは、法華経の法門を聴いたその時は、燃え立つような信心が沸き起こるように思うけれども、時が経つにつれて遠ざかると、その発心した心を忘れてしまうのである。  水のように信ずる人というのは、常に後退せずに信ずる人をいうのである。  謝辞 日替わり御書 Daily-Gosho を読んで頂き、本当にありがとうございます。 2015年3月16日から始めた「日替わり御書 Daily-Gosho」を、また今年も1年投稿することができました。 今後とも、「日替わり御書 Daily-Gosho」」をよろしくお願いします。 日替わり御書  X/twitter @Daily_Gosho 英語で御書 Gosho in English Today there are people who have faith in the Lotus Sutra. The belief of some is like fire while that of others is like water. When the former listen to the teachings, their passion flares up like fire, but as time goes on, they tend to discard their faith. To have faith like w...

法華経の行者を供養する功徳はすぐれたり - One will gain greater blessings by giving alms to the votary of the Lotus Sutra

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本文 仏を一中劫が間 供養し たてまつるより、末代悪世の中に人の あながちに にくむ 法華経の行者を供養する功徳は すぐれたり ほとけ を いっちゅうこう が あいだ くよう し たてまつる より、まつだい あくせ の よ の なか に ひと の あながち に にくむ ほけきょう の ぎょうじゃ を くよう する くどく は すぐれたり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [土餅供養御書] つちもちくようごしょ (1508頁) 文永11年11月 (1274年) 通解(意訳) 釈迦仏を一中劫という長い時間の間供養するよりも、末代悪世において、人が強く憎んでいる法華経の行者という地湧の菩薩を供養する功徳の方が勝れているのである。 英語で御書 Gosho in English One will gain greater blessings by giving alms to the votary of the Lotus Sutra, who in the evil world of the latter age is so intensely hated, than by giving alms to the Buddha for a whole medium kalpa.  " On the Offering of a Mud Pie "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 499 in November, 1274. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 仏 を 一中劫 が 間 供養 し たてまつる より、末代 悪世 の 中 に 人 の あながち に にくむ 法華経 の 行者 を 供養 する 功徳 は すぐれたり HOTOKE WO IC'CHŪ-KŌ GA AIDA KUYŌ SHI TATEMATSURU YORI, MATSUDAI AKUSE NO YO NO NAKA NI HITO NO ANAGACHI NI NIKUMU HOKEKYO NO GYŌJA WO KUYŌ SURU KUDOKU WA SUGURETARI 上野 殿 御返事 UENO DON...

願くは我が弟子等・大願ををこせ - My wish is that all my disciples make a great vow.

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本文 願くは我が弟子等・大願を をこせ、去年 去去年(こぞ おととし)の やくびやうに 死にし 人人の・かずにも入らず、又当時・蒙古のせめに・まぬかるべしとも みへず、 とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは・たうじのごとし、 をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海に あつらへ・ちりを大地に うづむと をもへ ねがわくは わが でし ら・だいがん を おこせ、こぞ おととし の やくびょう に しに し ひとびと の・かず にも いらず、また とうじ・もうこ の せめ に・まぬかるべし とも みえず、 とにかく に し は いちじょう なり、そのときの なげき は とうじ の ごとし、 おなじく は・かり にも ほけきょう の ゆえ に いのち を すてよ、つゆ を たいかい に あつらえ・ちり を だいち に うずむ と おもえ 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [竜門御書] りゅうもんごしょ 1561頁 弘安2年11月 (1279年) 通解(意訳) 願わくは、我が弟子たちは広宣流布という大願を起こしなさい。 去年や一作年に起こった疫病で死んだ人々の数には入らなかったにしても、現在、蒙古(モンゴル帝国)が攻めてきた時に、死を免れることができるとは思えない。 とにかく、どんな形であれ、人の死というものは、いずれ皆に平等に訪れるものであり、决定した(けつじょう した、決まった)事である。その時の嘆きや苦しみは、死の間際では全く同じ苦しみなのである。 同じ死を迎える事が決定しているのであれば、「もしかしたら、自分の命は明日には無いかもしれない」と思い切って、法華経のために命を捨てなさい。 これこそ、露のような小さな生命を、法華経という大海に入れるように、また塵が妙法という大地に埋める事だと思いなさい。 法華経のために命を捨てるということは、今世においては、最高に幸福な人生を送ることができ、最期にはまた、法華経の行者として誉れ高い死を迎えることができる。そして来世に於いてもまた法華経に縁して、法華経の行者として生まれてくることができるのである。 英語で御書 Gosho in English My wish is that all my disciples make a great vow. We are...

人のものををしふると申すは車のおもけれども油を ぬりてまわり - Teaching another something is the same as oiling the wheels of a cart so that they turn even though it is heavy

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本文 仏にやすやすとなる事の候ぞ・をしへ まいらせ候はん、 人の ものを をしふる と 申すは 車のおもけれども 油を ぬりてまわり・ふねを水にうかべて ゆき やすき やうに をしへ候なり、 仏になりやすき事は 別のやう候はず、 旱魃に かわけるものに 水をあたへ・寒冰に こごへたるものに 火を あたふる が ごとし ほとけ に やすやす と なる こと の そうろう ぞ・おしえ まいらせ そうらわん、 ひと の もの を おしうる と もうす は くるま の おもけれども あぶら を ぬりて まわり・ふね を みず に うかべて ゆきやすき ように おしえ そうろう なり、 ほとけ に なりやすき こと は べつ の よう そうらわず、 かんばつ に かわける もの に みず を あたえ・かんひょう に こごえたる もの に ひ を あたうる が ごとし 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [須達長者御書] すだつちょうじゃごしょ (1574頁) 弘安3年12月 ( 1280年) 通解(意訳) 仏に安々と成れる方法を、教えて差し上げよう。 人がものを教えるというのは、車が重かったとしても、油を塗って車輪の回りをよくし、船を水に浮かべて、岸辺に行きやすくなるように教えるようなものである。 仏に成りやすい方法というのは、特別なことではない。干ばつの時、喉の渇いた者に水を与え、寒さに凍えた者に火を与えるようにすることである。 英語で御書 Gosho in English I will teach you how to become a Buddha easily. Teaching another something is the same as oiling the wheels of a cart so that they turn even though it is heavy, or as floating a boat on water so that it moves ahead easily. The way to become a Buddha easily is nothing special. It is the same as giving water to a thirsty person in a ti...

人は善根をなせば必ずさかう - Will human beings never fail to prosper when they make good causes.

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本文 花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう・人は善根をなせば必ずさかう はな は ひらいて このみ と なり・つき は いでて かならず みち・ともしび は あぶら を させば ひかり を まし・そうもく は あめ ふれば さかう・ひと は ぜんこん を なせば かならず さかう 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [正月三日御書] しょうがつみっかごしょ (1562頁)  弘安3年1月   (1280年) 通解(意訳) 花は咲いて果実となり、月は出て必ず満ち、燈火は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば生い茂って栄える。同じように人は善根を積めば必ず栄えるのである。 英語で御書 Gosho in English Just as flowers open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes. " The Third Day of the New Year " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1013  in January, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 花 は 開いて 果 と なり・月 は 出でて 必ず みち・ 燈 は 油 を させば 光 を 増し・草木 は 雨ふれば さかう・ 人 は 善根 を なせば 必ず さかう HANA WA HIRAITE KONOMI TO NARI・TSUKI WA IDETE KANARAZU MICHI・ TOMOSHIBI WA ABURA WO SASEBA HIKARI WO MASHI・SOUMOKU WA AME FUREBA S...

願くは我が弟子等・大願ををこせ - My wish is that all my disciples make a great vow.

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本文 願くは我が弟子等・大願を をこせ、去年 去去年(こぞ おととし)の やくびやうに 死にし 人人の・かずにも入らず、又当時・蒙古のせめに・まぬかるべしとも みへず、 とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは・たうじのごとし、 をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海に あつらへ・ちりを大地に うづむと をもへ ねがわくは わが でし ら・だいがん を おこせ、こぞ おととし の やくびょう に しに し ひとびと の・かず にも いらず、また とうじ・もうこ の せめ に・まぬかるべし とも みえず、 とにかく に し は いちじょう なり、そのときの なげき は とうじ の ごとし、 おなじく は・かり にも ほけきょう の ゆえ に いのち を すてよ、つゆ を たいかい に あつらえ・ちり を だいち に うずむ と おもえ 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [竜門御書] りゅうもんごしょ 1561頁 弘安2年11月 (1279年) 通解(意訳) 願わくは、我が弟子たちは広宣流布という大願を起こしなさい。 去年や一作年に起こった疫病で死んだ人々の数には入らなかったにしても、現在、蒙古(モンゴル帝国)が攻めてきた時に、死を免れることができるとは思えない。 とにかく、どんな形であれ、人の死というものは、いずれ皆に平等に訪れるものであり、决定した(けつじょう した、決まった)事である。その時の嘆きや苦しみは、死の間際では全く同じ苦しみなのである。 同じ死を迎える事が決定しているのであれば、「もしかしたら、自分の命は明日には無いかもしれない」と思い切って、法華経のために命を捨てなさい。 これこそ、露のような小さな生命を、法華経という大海に入れるように、また塵が妙法という大地に埋める事だと思いなさい。 法華経のために命を捨てるということは、今世においては、最高に幸福な人生を送ることができ、最期にはまた、法華経の行者として誉れ高い死を迎えることができる。そして来世に於いてもまた法華経に縁して、法華経の行者として生まれてくることができるのである。 英語で御書 Gosho in English My wish is that all my disciples make a great vow. We are very fort...

或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり -The belief of some is like fire while that of others is like water.

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本文 法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、 水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり ほけきょう を しんずる ひと あり・あるいは ひ の ごとく しんずる ひと も あり・あるいは みず の ごとく しんずる ひと も あり、 ちょうもん する とき は・もえたつ ばかり おもえども・とおざかり ぬれば・すつる こころ あり、 みず の ごとく と もうす は・いつも・たいせず しんずる なり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [水火二信抄] すいかにしんしょう (1544頁) 建治4年2月 (1279年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人がいる。あるいは火のように信ずる人もあり、あるいは水の流れるように信ずる人もいる。 火のように信ずる人というのは、法華経の法門を聴いたその時は、燃え立つような信心が沸き起こるように思うけれども、時が経つにつれて遠ざかると、その発心した心を忘れてしまうのである。  水のように信ずる人というのは、常に後退せずに信ずる人をいうのである。   英語で御書 Gosho in English Today there are people who have faith in the Lotus Sutra. The belief of some is like fire while that of others is like water. When the former listen to the teachings, their passion flares up like fire, but as time goes on, they tend to discard their faith. To have faith like water means to believe continuously without ever regressing. " The Two Kinds of Faith " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 899 in February, 1279. [ -...

一眼のかめの浮木の穴に入り - the one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log

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本文 南無妙法蓮華経と唱えさせ給いける事は・一眼の かめ の浮木の穴に入り・天より下 いと の 地の はりの 穴に入るがごとし なんみょうほうれんげきょう と となえさせ たまいける こと は・いちげん の かめ の うきぎ の あな に いり・てん より くだす いと の ち の はり の あな に はいる が ごとし 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [末法要法御書] まっぽうようほうごしょ (1545頁)  弘安元年4月 (1278年) 通解(意訳) 南無妙法蓮華経と唱えられたということは、千年に一度しか浮かび上がってこない伝説の一眼の亀が、海に浮いていた浮木にたまたま出会って、浮き木の穴に入ることができたようなものであり、天から下した糸が、大地に立ててある針の穴に通ったようなものである。 このように、南無妙法蓮華経と唱える事自体が大変まれな事であり、素晴らしい事なのである。  英語で御書 Gosho in English This is as rare as the one-eyed turtle finding a suitable hollow in a floating sandalwood log, or a thread lowered from the heavens passing through the eye of a needle on earth.  " The Teaching for the Latter Day "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 903 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  This is as rare...; Chanting the Nam-Myoho-Renge-Kyo. The One-eyed turtle; Legendary turtle that come up to surface on the sea at the only once in a thousand years. As in these examples, Chan...

つゆを大海にあつらへ・ちりを大地にうづむとをもへ - Think of this offering as a drop of dew rejoining the ocean, or a speck of dust returning to the earth.

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本文 願くは我が弟子等・大願を をこせ、去年 去去年(こぞ おととし)の やくびやうに 死にし 人人の・かずにも入らず、又当時・蒙古のせめに・まぬかるべしとも みへず、 とにかくに死は一定なり、其の時のなげきは・たうじのごとし、 をなじくは・かりにも法華経のゆへに命をすてよ、つゆを大海に あつらへ・ちりを大地に うづむと をもへ ねがわくは わが でし ら・だいがん を おこせ、こぞ おととし の やくびょう に しに し ひとびと の・かず にも いらず、また とうじ・もうこ の せめ に・まぬかるべし とも みえず、 とにかく に し は いちじょう なり、そのときの なげき は とうじ の ごとし、 おなじく は・かり にも ほけきょう の ゆえ に いのち を すてよ、つゆ を たいかい に あつらえ・ちり を だいち に うずむ と おもえ 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [竜門御書] りゅうもんごしょ 1561頁 弘安2年11月 (1279年) 通解(意訳) 願わくは、我が弟子たちは広宣流布という大願を起こしなさい。 去年や一作年に起こった疫病で死んだ人々の数には入らなかったにしても、現在、蒙古(モンゴル帝国)が攻めてきた時に、死を免れることができるとは思えない。 とにかく、どんな形であれ、人の死というものは、いずれ皆に平等に訪れるものであり、决定した(けつじょう した、決まった)事である。その時の嘆きや苦しみは、死の間際では全く同じ苦しみなのである。 同じ死を迎える事が決定しているのであれば、「もしかしたら、自分の命は明日には無いかもしれない」と思い切って、法華経のために命を捨てなさい。 これこそ、露のような小さな生命を、法華経という大海に入れるように、また塵が妙法という大地に埋める事だと思いなさい。 法華経のために命を捨てるということは、今世においては、最高に幸福な人生を送ることができ、最期にはまた、法華経の行者として誉れ高い死を迎えることができる。そして来世に於いてもまた法華経に縁して、法華経の行者として生まれてくることができるのである。 英語で御書 Gosho in English My wish is that all my disciples make a great vow. We are very fortunate ...

人は善根をなせば必ずさかう - Will human beings never fail to prosper when they make good causes.

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本文 花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう・ 人は善根をなせば必ずさかう はな は ひらいて このみ と なり・つき は いでて かならず みち・ともしび は あぶら を させば ひかり を まし・そうもく は あめ ふれば さかう・ひと は ぜんこん を なせば かならず さかう 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [正月三日御書] しょうがつみっかごしょ (1562頁)  弘安3年1月   (1280年) 通解(意訳) 花は咲いて果実となり、月は出て必ず満ち、燈火は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば生い茂って栄える。同じように人は善根を積めば必ず栄えるのである。 明けましておめでとうございます! 今年も日替わり御書をよろしくお願いいたします。 令和7年(2025年)元旦 英語で御書 Gosho in English Just as flowers open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes. " The Third Day of the New Year " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1013  in January, 1280. [ --- ] is liberal translation. A Happy New Year! and Thanks to visit the "Daily-Gosho" This Year. January 1st, 2025. Gosho in Japanese 花 は 開いて 果 と なり・月 は 出でて 必ず みち・...

とにかくに法華経に身をまかせ信ぜさせ給へ - Be that as it may, commit yourself to the Lotus Sutra and have faith in its teachings.

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本文 とにかくに 法華経に身をまかせ 信ぜさせ給へ、殿一人に かぎるべからず・信心をすすめ給いて 過去の父母等をすくわせ給へ。 日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり とにかくに ほけきょうに みを まかせ しんぜ させたまえ、とのいちにんにかぎらず・しんじんをすすめたまいてかこのぶもとうをすくわせたまえ。 にちれんうまれしときより・いまにいちにちかたときも・こころやすきことはなし、このほけきょうのだいもくをひろめんとおもうばかりなり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [刀杖難事] とうじょうなんのこと (1557~1558頁) 弘安2年4月 (1272年) 通解(意訳) とにかく、法華経に身をまかせて信じていきなさい。あなた一人だけが信ずるだけでなく、縁した人々に信心をすすめて、過去の父母等(=今世の人生で巡り合う無数の縁ある人々)を救っていきなさい。 日蓮は生まれたときから今日に至るまで、片時も心が休まることはない。ただただ、この法華経の題目である、南無妙法蓮華経を弘めようと思うばかりである。 英語で御書 Gosho in English Be that as it may, commit yourself to the Lotus Sutra and have faith in its teachings. You must not only believe in them yourself but also encourage others to do the same, so that you may save those who were your parents in all your past existences. From the time that I was born until today, I have never known a moment’s ease; I have thought only of propagating the daimoku of the Lotus Sutra. " Persecution by Sword and Staff "  "The Writings of Nichi...

水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり - To have faith like water means to believe continuously without ever regressing.

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本文 法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、 聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、 水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり ほけきょう を しんずる ひと あり・あるいは ひ の ごとく しんずる ひと も あり・あるいは みず の ごとく しんずる ひと も あり、 ちょうもん する とき は・もえたつ ばかり おもえども・とおざかり ぬれば・すつる こころ あり、 みず の ごとく と もうす は・いつも・たいせず しんずる なり 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [水火二信抄] すいかにしんしょう (1544頁) 建治4年2月 (1279年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人がいる。あるいは火のように信ずる人もあり、あるいは水の流れるように信ずる人もいる。 火のように信ずる人というのは、法華経の法門を聴いたその時は、燃え立つような信心が沸き起こるように思うけれども、時が経つにつれて遠ざかると、その発心した心を忘れてしまうのである。  水のように信ずる人というのは、常に後退せずに信ずる人をいうのである。 英語で御書 Gosho in English Today there are people who have faith in the Lotus Sutra. The belief of some is like fire while that of others is like water. When the former listen to the teachings, their passion flares up like fire, but as time goes on, they tend to discard their faith. To have faith like water means to believe continuously without ever regressing. " The Two Kinds of Faith " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 899 in February, 127...