日蓮は...海辺の旃陀羅が子なり - Nichiren is the son of a chandāla family...
本文
日蓮は日本国・東夷・東条・安房の国・海辺の旃陀羅が子なり、
いたづらに・くちん身を法華経の御故に捨てまいらせん事 あに 石に金を・かふるにあらずや
にちれん は にほんこく・とうい・とうじょう・あわのくに・うみべ の せんだら が こ なり、
いたずらに・くちん み を ほけきょう の おん ゆえ に すて まいらせん こと あに いし に きん を・かうる に あらずや
佐渡御勘気抄
さどごかんきしょう
(891頁)
文永8年10月
(1271年)
通解(意訳)
日蓮は、日本国の東国の片田舎の者で、安房の国東条の郷・海辺の旃陀羅(せんだら・漁師)の子であり、名誉も財産も地位もない身である。
むなしく朽ちるであろう、この身を法華経のために捨てることができるのは、ちょうど石を金にかえるようなものではないか。
英語で御書
Gosho in English
Gosho in English
Nichiren is the son of a chandāla family who lived near the sea in Tōjōin Awa Province, in the remote countryside of the eastern part of Japan.
How could giving a body that will decay uselessly for the sake of the Lotus Sutra not be exchanging rocks for gold?
" Banishment to Sado "
"The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 202
in October, 1271.
[ --- ] is liberal translation.Chandāla [ Fisherman ]
Gosho in Japanese
日蓮 は 日本国・東夷・東条・安房 の 国・海辺 の 旃陀羅 が 子 なり、
いたづら に・くちん 身 を 法華経 の 御故 に 捨て まいらせん事 あに 石 に 金 を・かふる に あらずや
NICHIREN WA NIHONKOKU・TŌI・TŌJŌ・AWA NO KUNI・UMIBE NO SENDARA GA KO NARI,
ITAZURANI・KUCHIN MI WO HOKEKYO NO ON-YUE NI SUTE MAIRASENKOTO ANI ISHI NI KIN WO・KAURU NI ARAZUYA
佐渡御勘気抄
SADO GOKANKI SHŌ
コメント
コメントを投稿
誰でもコメントができるようになりました。
匿名コメントも可能ですので、気軽にコメントできます。