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未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ - If you want to understand what results will be manifested in the future, look at the causes that exist in the present.

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本文 過去の因を知らんと欲せば 其の現在の果を見よ 未来の果を知らんと欲せば 其の現在の因を見よ かこ の いん を しらん と ほっせば その げんざい の か を みよ みらい の か を しらん と ほっせば その げんざい の いん を みよ 開目抄・下 かいもくしょう・げ (231頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 過去に自分がどのような要因(要素や原因)を作ってきたかは、現在の自分の結果(状況や状態)を見なさい。同様に、未来の自分がどんな結果になっているかを知ろうとするなら、現在の要因を見なさい。 そして、理想の自分になれるような要因を、今作っていきなさい。 ☆メリークリスマス!☆ 英語で御書 Gosho in English If you want to understand the causes that existed in the past, look at the results as they are manifested in the present. And if you want to understand what results will be manifested in the future, look at the causes that exist in the present. " The Opening of the Eyes " Part Two "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 279 in February, 1272. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  You should have create factors that you will make ideal yourself at now. ☆Merry Xmas !☆ Gosho in Japanese 過去 の 因 を 知らん と 欲せば 其の 現在 の 果 を 見よ 未来 の 果 を 知らん と 欲せば 其の 現在 の 因 を 見よ KAKO NO IN WO SHIRAN TO HOS'S

諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし-May encounter various difficulties, if we do not harbor doubts in our hearts, we will as a matter of course attain Buddhahood.

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本文 我並びに我が弟子・諸難ありとも 疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、 天の加護なき事を疑はざれ 現世の安穏ならざる事をなげかざれ、 我が弟子に 朝夕 教えしかども・疑いを・をこして 皆すてけん つたなき者のならひは 約束せし事を・まことの時は わするるなるべし われ ならび に わが でし・しょなん ありとも うたがう こころ なくば じねん に ぶっかい に いたる べし、 てん の かご なき こと を うたがわざれ げんせ の あんのん ならざる こと を なげかざれ、 わが でし に ちょうせき おしえ しかども・うたがい を・おこして みな すてけん つたなき もの の ならい は やくそく せし こと を・まこと の とき は わするる なるべし 開目抄・下 かいもくしょう・げ [人本尊開顕書] にんほんぞんかいけんのしょ (234頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 我ならびに我が弟子達は、いかなる大難があろうとも、法華経を疑う心がなければ、自然に仏界を開く事ができるのである。 法華経を信受していても、諸天の加護がないといって、法華経の功力を疑ってはならない。また、現状が安穏でない事を嘆いてはならない。 我が弟子に朝に晩に、このことを教えてきたが、疑いを起こして、みな退転してしまったであろう。 愚か者の常として、約束したことを大事な時には忘れてしまうのである。 学会精神の根幹 「まことの時」に、決然と立ち上がり、迅速に戦えるかどうかが、一切の勝敗を決する -池田大作 英語で御書 Gosho in English Although I and my disciples may encounter various difficulties, if we do not harbor doubts in our hearts, we will as a matter of course attain Buddhahood. Do not have doubts simply because heaven does not lend you protection. Do not be discouraged because you do not enjoy an easy and secure existence in this li

南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや - Nam-myoho-renge-kyo is like the roar of a lion. What sickness can therefore be an obstacle?

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本文 南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや、 鬼子母神・十羅刹女・法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり なんみょうほうれんげきょう は ししく の ごとし・いかなる やまい さわり を なす べきや、 きしぼじん・じゅうらせつにょ・ほけきょう の だいもく を たもつ もの を しゅご すべし と みえたり 経王殿御返事 きょうおうどのごへんじ (1124頁) 文永10年8月 (1273年) 通解(意訳) 南無妙法蓮華経は師子吼のようなものである。どのような病が、成仏への障りをなすことができようか。 鬼女母神や十羅刹女などの諸天善神が、法華経の題目を持つ者を守護すると、経文には書かれているのである 英語で御書 Gosho in English Nam-myoho-renge-kyo is like the roar of a lion. What sickness can therefore be an obstacle? It is written that those who embrace the daimoku of the Lotus Sutra will be protected by the Mother of Demon Children and by the ten demon daughters.  " Reply to Kyō’ō " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 412 in August, 1273 [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 南無妙法蓮華経 は 師子吼 の 如し・いかなる 病 さはり を なすべきや、 鬼子母神・十羅刹女・法華経 の 題目 を 持つ もの を 守護 すべし と 見えたり NAM-MYOHO-RENGE-KYO WA SHISHI-KU NO GOTOSHI・IKANARU YAMAI SAWARI WO NASUBEKIYA, KISHIBOJIN・JŪRASETSUNYO・HOKEKYO NO DAIMOKU WO TAMOTU MONO WO SHUGO SUBESHI TO MIETARI 経王

法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる - Those who believe in the Lotus Sutra are as if in winter, but winter always turns to spring

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本文 法華経を信ずる人は冬のごとし 冬は必ず春となる、 いまだ昔より きかず・みず 冬の秋と かへれる事を、いまだきかず 法華経を信ずる人の凡夫となる事を、 経文には「若有聞法者無一不成仏」と とかれて候 ほけきょう を しんずる ひと は ふゆ の ごとし ふゆ は かならず はる と なる、 いまだ むかし より きかず・みず ふゆ の あき と かえれる ことを、いまだ きかず ほけきょう を しんずる ひと の ぼんぷ と なる ことを、 きょうもん には「にゃく う もん ぽう しゃ む いち ふ じょう ぶつ」と とかれて そうろう 妙一尼御前御消息 みょういちあまごぜんごへんじ [冬必為春事] ふゆはかならずはるとなるのこと (1253頁) 建治元年5月 (1275年) 通解(意訳) 法華経を信ずる人は、極寒の冬の辛い時期を耐える人のようなものである。 しかし、辛い冬も永遠に続くことはなく、信心根本に耐え貫いていけば、必ず春のような幸福が訪れるのである。 未だかつて、冬が春とならずに秋に戻ったということは、聞いたことも見たこともない。同じように、いまだかつて法華経を信ずる人が、仏に成らず凡夫のままである、ということも聞いたことがない。 経文には「もしこの法を聞くことがあれば、一人として成仏しない人はいない」と説かれている。   英語で御書 Gosho in English Those who believe in the Lotus Sutra are as if in winter, but winter always turns to spring. Never, from ancient times on, has anyone heard or seen of winter turning back to autumn. Nor have we ever heard of a believer in the Lotus Sutra who turned into an ordinary person. The sutra reads, “If there are those who hear the Law, then not a one will fail to attain Buddhahood.” " W

此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり - This is precisely what is meant by the statement that unseen virtue brings about visible reward.

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本文 度度の御所領をかへして 今又 所領給はらせ給う 云々、 此れ程の不思議は候はず 此れ偏に 陰徳あれば陽報あり とは 此れなり たびたびのごしょりょをかえしていままたしょりょうたまわらせたもううんぬん、 これほどのふしぎはそうらわずこれひとえにいんとくあればようほうありとはこれなり 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [源遠長流御書] ごんおんちょうりゅうごしょ (1180頁) 弘安元年9月 (1278年) 通解(意訳) (あなた・四条金吾は讒言によって)主君から度々頂いた所領を返上し、今また新しい所領を賜ったというのは、これほどの不思議はない。 これひとえに「陰徳あれば陽報あり」とは、このことである。 英語で御書 Gosho in English Even though you have been forced to relinquish your fief time and again, in your letter you said that he has now conferred an estate upon you. This is indeed wondrous.  This is precisely what is meant by the statement that unseen virtue brings about visible reward.  " The Farther the Source, the Longer the Stream " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 942 in September, 1278. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 度度の御所領をかへして今又所領給はらせ給う云々、 此れ程の不思議は候はず此れ偏に陰徳あれば陽報ありとは此れなり TABITABI NO GOSHORYŌ WO KAESHITE IMA MATA SHORYŌ TAMAWARASE TAMOU UN-NUN, KOREHODO NO FUSHIGI WA SŌRAWAZU KORE HITOE NI INTOKU A

蔵の財よりも身の財すぐれたり - More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body

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本文 中務三郎左衛門尉は 主の御ためにも 仏法の御ためにも 世間の心ねも よかりけり・よかりけりと 鎌倉の人人の口に うたはれ給へ、 穴賢・穴賢、蔵の財よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財第一なり なかつかささぶろうさえもんのじょう は しゅ の おんため にも ぶっぽう の おんため にも せけん の こころね も よかりけり・よかりけり と かまくら の ひとびと の くち に うたわれ たまえ、 あなかしこ・あなかしこ・くら の たから より み の たから すぐれたり み の たから より こころ の たから だいいち なり 崇峻天皇御書 すしゅんてんのうごしょ [三種財宝御書] さんしゅざいほうごしょ (1173頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 中務三郎左衛門尉(四条金吾)は、主君のためにも、仏法においての心がけも、世間に対する心がけについても、人間として立派な人であった、立派であったと、鎌倉の人々にいわれるようになりなさい。 おそれ多くも、蔵におさめている財産よりも、健康、技能や才能などの自分の身の財産が優れている。その身の財よりも、誠実な振舞や感謝の念などの、心の財が第一なのである。 英語で御書 Gosho in English Live so that all the people of Kamakura will say in your praise that Nakatsukasa Saburō Saemon-no-jō is diligent in the service of his lord, in the service of Buddhism, and in his concern for other people. More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body,and the treasure of the heart are the most valuable of all. " The Three Kinds of Treasure " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 851 in

南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり - Nam-myoho-renge-kyo is the greatest of all joys.

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本文 始めて我 心 本来の仏なりと知るを 即ち 大歓喜 と 名く 所謂 南無妙法蓮華経 は 歓喜の中の大歓喜なり はじめて わが こころ ほんらい の ほとけ なり と しる を すなわち だいかんき と なづく いわゆる なんみょうほうれんげきょう は かんき の なか の だいかんき なり 御義口伝 おんぎくでん 廿八品に一文充の大事 にじゅうはっぽんにいちもんずつのだいじ  五百品 ごひゃっぽん (788頁) 通解(意訳) 信心に懸命に励んでいき、我が生命に大きな歓喜が沸き起こった時、初めて自分自身が本来の仏なのだと知ることを、すなわち大歓喜というのである。いわゆる南無妙法蓮華経と唱えていくことは、自分自身の仏の境涯を開いていける、歓喜の中の大歓喜なのである。 英語で御書 Gosho in English Summary: This passage refers to the great joy that one experiences when one understands for the first time that one’s mind from the very beginning has been a Buddha. Nam-myoho-renge-kyo is the greatest of all joys. ==================================== The Essential Passage in Each of the Twenty-eight Chapters of the Lotus Sutra - 8. Prophecy of Enlightenment for Five Hundred Disciples "The Record of The Orally Transmitted Teachings" Part 2, p. 211 to 212 ==================================== [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 始めて 我 心 本来 の 仏 なりと 知る を 即ち 大歓喜 と 名く 所謂 南無妙法蓮華経 は 歓喜 の中 の 大歓喜 なり HAJIM

此の度仏法を心みよ - Test the truth of Buddhism now!

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本文 我が 弟子等 心みに 法華経の ごとく 身命も おしまず 修行して 此の度 仏法を 心みよ わが でしら こころみに ほけきょうの ごとく しんみょうも おしまず しゅぎょうして このたび ぶっぽうを こころみよ 撰時抄 せんじしょう (287頁) 建治元年4月 (1275年) 通解(意訳) 我が弟子達よ、試みに法華経のとおり身命もおしまず修行して、このたび仏法を試してみなさい。 英語で御書 Gosho in English I say to you, my disciples, try practicing as the Lotus Sutra teaches, exerting yourselves without begrudging your lives! Test the truth of Buddhism now! " The Selection of the Time " "The Writings of Nichiren Daishonin",  Vol.1, p. 583 - 584 in April, 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 我が 弟子等 心み に 法華経 の ごとく 身命 も おしまず 修行 して 此の 度 仏法 を 心みよ WAGA DESHI-RA KOKOROMI NI HOKEKYO NO GOTOKU SHIN-MYŌ MO OSHIMAZU SHUGYŌ SHITE KONO TABI BUP'PŌ WO KOKOROMIYO 撰時 抄 SENJI SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

身をば随えられたてまつるやうなりとも心をば随えられたてまつるべからず - I follow him in my actions, I will never follow him in my heart.

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本文 王地に生れたれば 身をば随えられたてまつる やうなりとも 心をば随えられ たてまつるべからず おうち に うまれたれば み をば したがえ たてまつる よう なりとも こころ を したがえられ たてまつる べからず 撰時抄 せんじしょう (287頁) 建治元年 (1275年) 通解(意訳) 王地(権力者が支配している場所)に生まれて、体の自由は奪われ、支配されているようであっても、強い一念があれば、心の自由を奪われ、支配されることは誰にもできないのである。 ※ユネスコ(国連教育科学文化機関)が世界中の人権闘争を編纂した『語録 人間の権利』にも収録されている、世界的にも有名な御文です。 英語で御書 Gosho in English Even if it seems that, because I was born in the ruler’s domain, I follow him in my actions, I will never follow him in my heart. " The Selection of the Time " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 579 in 1275. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  This Gosho, the Nichiren's words: " Even if it seems that, because I was born in the ruler's domain, I follow him in my actions, I will never follow him in my heart. " : are quieted in Birthright of Man: Selected Texts, published in 1968 by UNESCO [ United Nations Educational Scientific and Cultural Organization] to commemorate the

此の法門を申すには必ず魔出来すべし - If you propagate it, devils will arise without fail.

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本文 此の法門を申すには必ず魔出来すべし 魔競わずは正法と知るべからず、 第五の巻に云く「行解 既に勤めぬれば 三障四魔 紛然として競い起る 乃至 随う可らず 畏る可らず 之に随えば 将に人をして 悪道に向わしむ 之を畏れば 正法を修することを妨ぐ」 等云云、 此の釈は 日蓮が身に当るのみならず 門家の明鏡なり 謹んで習い伝えて 未来の資糧とせよ この ほうもんを もうす には かならず ま しゅったい すべし ま きそわずは しょうほうと しる べからず、 だいごの まきに いわく「ぎょうげ すでに つとめぬれば さんしょうしま ふんぜんとして きそいおこる ないし したがう べからず おそる べからず これに したがえば まさに ひとをして あくどうに むかわしむ これを おそれば しょうほうを しゅうすることを さまたぐ」とう うんぬん この しゃくは にちれんが みに あたる のみならず もんけの めいきょうなり つつしんで ならい つたえて みらいの しりょうとせよ 兄弟抄 きょうだいしょう KYŌDAI SHŌ (1087頁) 文永12年4月 (1275年) 通解(意訳) この法門を説けば、必ず魔が現れる。魔が競い起こらなければ、正法とは言えないのである。 天台大師の摩訶止観・第五巻には、「仏法の修行と理解が進んでくると、三障四魔が紛然として競い起こる。(乃至=中略の意味)しかし、決してしたがってはならない。おそれてはならない。これに随うならば、まさに人を悪道に向かわせる。これを畏れるならば、正法を修行することを妨げる」等と書かれている。 摩訶止観のこの内容は、日蓮の身にあてはまるばかりでなく、我が日蓮仏法の門家一同にも明鏡のように当てはまるものである。これをわきまえて、謹んで習い、次の世代に伝えて、未来の法華経の行者にとっての、修行の資料・糧としなさい。 英語で御書 Gosho in English If you propagate it, devils will arise without fail. If they did not, there would be no way of knowing that this is the correct teaching. One passage from the same vol

妙とは蘇生の義なり - Myō means to revive

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本文 妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すは蘇る義なり みょう とは そせい の ぎ なり そせい と もうす は よみがえる ぎ なり 法華経題目抄 ほけきょうだいもくしょう (947頁) 文永3年1月6日 (1266年) 通解(意訳) (南無妙法蓮華経の)妙とは蘇生の意味である。 蘇生とは、悩んで苦しんでいる心や生命が蘇るということである。 英語で御書 Gosho in English Myō means to revive, that is, to return to life. " The Daimoku of the Lotus Sutra "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 149 in January, 1266. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Resuscitation means that the troubled and suffering body and mind is revive. "Myō : 妙" , This is the character of the Nam-Myoho-Renge-Kyo. Gosho in Japanese 妙 とは 蘇生 の 義 なり 蘇生 と 申す は 蘇る 義 なり MYO TOWA SOSEI NO GI NARI SOSEI TO MŌSU WA YOMIGAERU GI NARI 法華経 題目 抄 HOKEKYO DAIMOKU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

桜梅桃李 - The cherry, the plum, the peach, the damson

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本文 桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば是れ即ち量の義なり おうばいとうり の ここ の とうたい を あらためず して むささんじん と かいけん すれば これ すなわち りょう の ぎ なり 御義口伝 おんぎくでん 無量義経六箇の大事 むりょうぎきょうろっかのだいじ 第二 量の字の事 だいにりょうのじのこと (784頁) 通解(意訳) 桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、おのおのの姿を改めずに、自分らしく、ありのままで、自己に秘められた仏性を開いていくことが、無量義の「量」の意義である。 「無量義」の大意 あらゆる仏法の最高峰である御本尊を根本とし、南無妙法蓮華経の題目で、宇宙の法則を自分の身心と一致させて、仏性という無限の可能性を開き出す。この妙法の力で、信心、生活、社会など、すべての場面で、自分の能力を最も自分らしく発揮していくこと。  ありのままの自分で輝く 私どもは『ありのまま』でいいのです。 凡夫そのままの『無作』でいくのです。 久遠の凡夫のまま『つくろわず、もとのまま』で、 自体顕照(じたいけんしょう・ありのままの姿を顕し照らしていくこと)していけばよい -池田大作 英語で御書 Gosho in English The cherry, the plum, the peach, the damson—in its own entity, without undergoing any change, possesses the eternally endowed three bodies. ==================================== The Immeasurable Meanings Sutra Six important points, Point Two, concerning the character ryō. " The Record of The Orally Transmitted Teachings "  Part 2, P 200 ==================================== [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  It

一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか - If a person cannot manage to cross a moat ten feet wide, how can he cross one that is a hundred or two hundred feet?

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本文 一丈のほりを・こへぬもの十丈・二十丈のほりを・こうべきか いちじょうのほりを・こえぬものじゅうじょう・にじゅうじょうのほりを・こうべきか 種種御振舞御書 しゅじゅおふるまいごしょ [佐渡抄] さどしょう (912頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 一丈(約3m)の幅の堀を超えられない者が、十丈、二十丈の堀を超えることができようか。 何事も成し遂げるには、小さな挑戦とその勝利を繰り返していく事で、無理だと思われる困難を乗り越え、勝利をつかむ事ができるのである。  英語で御書 Gosho in English If a person cannot manage to cross a moat ten feet wide, how can he cross one that is a hundred or two hundred feet? " The Actions of the Votary of the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 766 in February, 1272. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  To accomplish anything, by repeating small challenges and their victories, you can overcome seemingly impossible difficulties and win. Gosho in Japanese 一丈 の ほり を・こへぬもの 十丈・二十丈 の ほり を・こう べき か ICHI-JŌ NO HORI WO・KORENU MONO JŪ-JŌ・NIJŪ-JŌ NO HORI WO・KOU BEKI KA 種種 御振舞 御書 SHUJU OFURUMAI GOSHO [佐渡 抄] SADO SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings

石はやけばはいとなる金は・やけば真金となる - Put into flames, a rock simply turns to ashes, but gold becomes pure gold.

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本文 各各・随分に法華経を信ぜられつる・ゆへに過去の重罪を せめいだし給いて候、 たとへば くろがねを よくよく きたへば きずの あらわるる が ごとし、石は やけば はいとなる 金は・やけば真金となる、 此の度こそ・まことの御信用は・あらわれて 法華経の十羅刹も守護せさせ給うべきにて候らめ おのおの・ずいぶん に ほけきょう を じんぜられつる・ゆえ に かこ の じゅうざい を せめ いだし たまいて そうろう、 たとえば くろがね を よくよく きたえば きず の あらわるる が ごとし、 いし は やけば はい と なる 金 は やけば しんきん と なる、 この たび こそ・まこと の ごしんよう は・あらわれて ほけきょう の じゅうらせつ も しゅご せ させ たもうべき にて そうらめ 兄弟抄 きょうだいしょう (1083頁) 文永12年4月 (1275年) 通解(意訳) あなた達はそれぞれに、これまで随分と法華経を信じられてきた。それゆえ、過去世で犯した重罪への重い償いを、軽くして今世に責め出しているのである。 これは、たとえば鉄を鍛錬するためにしっかりと鍛え打てば、内部に隠れていた傷が表面にあらわれて、本物の鋼へと鍛えられるようなものである。また、石は焼けば灰になるが、金は焼いて精錬すれば純金へと変わる。 今回の困難こそ、あなた方の信心が本物かどうかが試される「試練」として現れたのだろう。法華経の十羅刹女(諸天善神)もあなたがたを必ず守護するにちがいない。 英語で御書 Gosho in English Both of you have continued believing in the Lotus Sutra; thus you are now ridding yourselves of your grave offenses from the past. For example, the flaws in iron come to the surface when it is forged. Put into flames, a rock simply turns to ashes, but gold becomes pure gold. This trial, more than anything else, wi

仏種は縁に従つて起る - The seeds of Buddhahood sprout as a result of conditions

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本文 其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ、 仏種は縁に従つて起る 是の故に 一乗を説くなるべし その くに の ぶっぽう は きへん に まかせ たてまつり そうろうぞ、 ぶっしゅ は えん に よって おこる その ゆえに いちじょう を とく なるべし 高橋殿御返事 たかはしどのごへんじ [米穀御書] べいこくごしょ (1445頁) 年月不明 (建治~弘安が有力) (1275~78年) 通解(意訳) その国の広宣流布は、あなたにお任せする。仏種という、本来誰もが持っている仏の生命は、この妙法を誠実に語るという、妙法との縁によって起こるものである。この故に、”諸教で最も優れた法華経の法(一乗)”を説くのである。 友情と信頼の拡大 人の心は、他者との触れ合いという「縁」によって大きく変わることができる。ありのままの人間として心を開き、声をかけていくのだ。  その瞬間から、お互いの生命が、より強く、より豊かに変わり始める。 -池田大作  英語で御書 Gosho in English I entrust you with the propagation of Buddhism in your province. It is stated that “the seeds of Buddhahood sprout as a result of conditions, and for this reason they preach the single vehicle.” " Properties of Rice " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1117 The main opinion is from 1275 to 1278. [ --- ] is liberal translation. Expanding friendship and trust People's minds be able to change greatly on the fellowship with others. Open your  heart as an natural person and call out to others.  From th

せめてする事なくば一日に二三度えみて向へとなり - if this happens to be impossible, in the course of a day one at least smiles twice or thrice in their direction.

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本文 親によき物を与へんと思いて せめてする事なくば 一日に 二三度 えみて 向へとなり おや に よきもの を あたえん と おもいて せめて すること なくば いちにち に に さん えみて むかえとなり 上野殿御消息 うえのどのごしょうそく [四徳四恩御書] しとくしおんごしょ (1527頁) 建治元年 (1275年) 通解(意訳) 親に喜んでもらおうと思っても、何もできないときには、せめて一日に二、三度は、笑顔を見せて向かい合いなさい。 英語で御書 Gosho in English [ If you thought gift for your parents ] with all manner of good things, and if this happens to be impossible, in the course of a day one at least smiles twice or thrice in their direction. " Four Virtues and Four Debts of Gratitude " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 636 in 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 親 に よき 物 を 与へん と 思いて せめて する事 なくば  一日 に  二 三度 えみて 向へ と なり OYA NI YOKI MONO WO ATAEN TO OMOITE SEMETE SURUKOTO NAKUBA ICHINICHI NI NI-SAN-DO EMITE MUKAE TO NARI 上野殿御消息 UENO DONO GOSHŌSOKU [四徳四恩御書] SHITOKU SHION GOSHO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of

苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき - Suffer what there is to suffer, enjoy what there is to enjoy

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本文 世間の留難来るとも・とりあへ給うべからず、賢人・聖人も此の事はのがれず、 ただ女房と酒うちのみて南無妙法蓮華経と・となへ給へ、 苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ、 これあに自受法楽にあらずや、いよいよ強盛の信力をいたし給へ せけん の るなん きたる とも・とりあえ たもう べからず、けんじん・しょうにん も この こと は のがれず、 ただ にょうぼう と さけ うちのみて なんみょうほうれんげきょう と・となえ たまえ、 く をば く と さとり らく をば らく と ひらき くらく とも に おもい あわせて なんみょうほうれんげきょう と うちとなえ させたまえ、 これ あに じじゅほうらく に あらずや、いよいよ ごうじょう の しんりき を いたし たまへ 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [衆生所遊楽御書] しゅじょうしょゆうらくごしょ (1143頁) 建治2年6月 (1276年) 通解(意訳) 世間の種々な難がおこっても、とりあってはいけない。賢人や聖人であっても、人生を生きる上で起こる困難からは逃れる事はできないのである。ただ女房と酒でも飲みかわして、南無妙法蓮華経と唱えていきなさい。 苦しい時は苦しいままに、楽しい時は楽しいままに、苦しくても楽しくても南無妙法蓮華経と唱えきって、今世の人生を存分に楽しみなさい。 これこそ自受法楽であり、自ら仏の悟りの法を受け、現世を楽しむ事ができる絶対的幸福ではないか。ますます強盛の信心をしていきなさい。 英語で御書 Gosho in English Though worldly troubles may arise, never let them disturb you. No one can avoid problems, not even sages or worthies. Drink sake only at home with your wife, and chant Nam-myoho-renge-kyo. Suffer what there is to suffer, enjoy what there is to enjoy. Regard both suffering and joy as fact

教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ - The purpose of the appearance in this world of Shakyamuni Buddha, the lord of teachings, lies in his behavior as a human being.

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本文 一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、 不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ 教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ いちだい の かんじん は ほけきょう・ほけきょう の しゅぎょう は ふきょうぼん にて そうろう なり、 ふきょうぼさつ の ひと を うやまいし は・いかなることぞ きょうしゅ しゃくそん の しゅっせ の ほんかい は ひと の ふるまい にて そうらいけるぞ 崇峻天皇御書 すしゅんてんのごしょ [三種財宝御書] さんしゅざいほうごしょ (1174頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 釈尊一代の説法の肝心は法華経であり、法華経の修行の肝心が説かれているのは不軽品である。 不軽菩薩がすべての人を敬ったということは、どのような意味があるのだろうか。 教主釈尊の出世の本懐(この世に出現した究極の目的)は、人間としての振る舞いを示すことにあったのである。 不軽菩薩の実践の集いが創価学会 学会の根本精神は人を敬うことにある。 人の幸福を願い、実現していくことにある。人に尽くしていくことにある。 現代社会にあっては、他者への無関心が進む一方、利害や力関係によるつながりが優先され、”人間性”が追いやられてきた。 だからこそ、尊敬と信頼の励ましの、人間の温もりにあふれた社会を築いていくのだ -池田大作 英語で御書 Gosho in English The heart of the Buddha's lifetime of teachings is the Lotus Sutra, and the heart of the practice of the Lotus Sutra is found in the "Never Disparaging" chapter. What does Bodhisattva Never Disparaging's profound respect for people signify? The purpose of the appearance in this world of Shakyamuni Buddha, The lord of teachings, lies in his behavior as a human b

月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし - Strengthen your faith day by day and month after month. Should you slacken in your resolve even a bit, devils will take advantage.

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本文 設い大鬼神の つける人なりとも 日蓮をば 梵釈・日月・四天等・天照太神・八幡の守護し給う ゆへに ばつしがたかるべし と 存じ給うべし、 月月・日日につより給へ・すこしも たゆむ心あらば 魔 たよりを うべし。 我等 凡夫の つたなさは 経論に有る事と 遠き事は おそるる心なし たとい だいきじん の つける ひと なりとも にちれん をば ぼんしゃく・にちがつ・してんとう・てんしょうだいじん・はちまん の しゅご し たもう ゆへに ばっし がた かるべし とぞんじ たもうべし、 つきづき・ひび に つより たまへ・すこし も たゆむ こころ あらば ま たより を うべし、 われら ぼんぷ の つたなさ は きょうろん に ある こと と とおき こと は おそるる こころ なし 聖人御難事 しょうにんごなんじ (1190頁) 弘安2年10月 (1279年) 通解(意訳) たとえ大鬼神が取りついている人であっても、日蓮を梵天・帝釈・日天・月天・四天王、天照太神・八幡大菩薩等、あらゆる諸天善神が守護されているゆえに、誰にも罰することはできないのだと確信していきなさい。 同じように、自分にも諸天の守護があるのだと確信して、月々日々に、常に信心を奮い起していきなさい。少しでも信心にゆるむ心が出てくれば、三障四魔がその心の隙をたよりにして、紛れて襲ってくるであろう。 我々凡夫の拙なさとして、経文に難が競うと説かれている事を常に教えているが、自分に大難が襲ってくる事などという事は、自分には縁遠い他人事として、大難を恐れる心がない。 これが信心の心が緩む一例であり、いざ自分に難が襲った時には、退転する原因となってしまうのである。 英語で御書 Gosho in English Not even a person possessed by a powerful demon, can harm Nichiren, because Brahmā, Shakra, the gods of the sun and moon, the four heavenly kings, the Sun Goddess, and Hachiman are safeguarding him. Strengthen your faith day by day and month aft

湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり - praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground.

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本文 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと 湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり いかなる よ の みだれ にも おのおの おば ほけきょう・じゅうらせつ・たすけたまえ と しめれる き より ひ を いだし かわける つち よち みず を もうけん が ごとく ごうじょう に もうす なり 呵責謗法滅罪抄 かしゃくほうぼうめつざいしょう (1132頁) 文永10年 (1273年) 通解(意訳) どのような世の乱れが起きても、あなた方お一人お一人の弟子達の事を、「法華経・十羅刹女(あらゆる諸天善神)よ、彼らを守護し、助けたまえ」と、湿っている木に火を出し、乾いた土から水を出すような思いで、強盛に祈っている。 英語で御書 Gosho in English I am praying that, no matter how troubled the times may become, the Lotus Sutra and the ten demon daughters will protect all of you, praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground. " On Rebuking Slander of the Law and Eradicating Sins " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 435 in 1273. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  The Ten Demon Daughters: The Goodness Gods, protection to The Believer of The Lotus Sutra. Gosho in Japanese 何なる 世 の 乱れ にも各各 をば 法華経・十羅刹・助け 給へ と 湿れる 木 より 火 を 出し 乾ける 土 より 水 を 儲けんが 如く 強盛 に 申す な