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四表の静謐を祷らん者か - You should first of all pray for order and tranquility throughout the four quarters of the land

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本文 汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か なんじ すべからく いっしん の あんど を おもわば まず しひょう の せいひつ を いのらん もの か NANJI SUBEKARAKU IS’SHIN NO ANDO WO OMOWABA MAZU SHIHYO NO SEIHITSU WO INORAN MONO KA 立正安国論 りっしょうあんこくろん RIS'SHŌ ANKOKU RON (31頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) あなたが自身が安遠・平穏である事を願うならば、自分の事よりも、まず自分の周囲を取り囲んでいる周囲の人々や社会の静穏・平和を祈ることが必要ではないか。 英語で御書 Gosho in English If you care anything about your personal security, you should first of all pray for order and tranquility throughout the four quarters of the land, should you not? " On Establishing the Correct Teaching for the Peace of the Land " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 24 in July, 1260. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 汝 須く 一身 の 安堵 を 思わば 先ず 四表 の 静謐 を 祷らん 者か NANJI SUBEKARAKU IS’SHIN NO ANDO WO OMOWABA MAZU SHIHYO NO SEIHITSU WO INORAN MONO KA 立正 安国 論 RIS'SHŌ ANKOKU RON 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings o...

深く信じて妙法蓮華経と唱へば一生成仏更に疑あるべからず - If you chant Myoho-renge-kyo with deep faith in this principle, you are certain to attain Buddhahood in this lifetime.

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本文 善悪に付いて 起り起る処の念心の当体を指して 是れ妙法の体と説き宣べたる経王なれば 成仏の直道とは云うなり、 この旨を深く信じて 妙法蓮華経と唱へば 一生成仏 更に疑あるべからず ぜんあくに ついて おこり おこる ところの ねんしんの とうたいを さして これ みょうほうの たい と ときのべたる きょうおうなれば じょうぶつの じきどうとは いうなり、 このむねを ふかくしんじて みょうほんれんげきょう と となえば いっしょうじょうぶつ さらに うたがい あるべからず ZEN AKU NI TSUITE OKORI OKORU TOKORO NO NENSHIN NO TŌTAI WO SASHITE KORE MYOHO NO TAI TO TOKI NOBETARU KYŌ-Ō NAREBA JŌBUTSU NO JIKIDŌ TOWA IUNARI, KONO MUNE WO FUKAKU SINJITE MYOHO-RENGE-KYO TO TONAEBA IS'SHŌ JŌBUTSU SARANI UTAGAI ARU BEKARAZU 一生成仏抄 いっしょうじょうぶつしょう IS'SHŌ JŌBUTSU SHŌ (384頁) 建長7年 (1255年) 通解(意訳) 人の心の善悪は、一瞬一瞬に起こる心の状態の変化によるものである事を指して、凡夫の心そのものがそのまま妙法蓮華経の当体(本質)であると説いたのが、諸経の王である法華経である。だから、成仏の直道というのである。 この宇宙の法理である妙法を深く信じて、疑う事なく妙法蓮華経と唱えたなら、一生成仏は絶対に間違いないのである。 英語で御書 Gosho in English The entity of our life, which manifests either good or evil at each moment, is in fact the entity of the Mystic Law. If you chant Myoho-renge-kyo with deep faith in this principle, you are certain to attain B...

我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経と よびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり - The Buddha nature within us is summoned forth and manifested by our chanting of Nam-myoho-renge-kyo. This is what is meant by “Buddha.”

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本文 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて 我が己心中の仏性・南無妙法蓮華経とよびよばれて顕れ給う処を仏とは云うなり、 譬えば籠の中の鳥なけば空とぶ鳥のよばれて集まるが如し、空とぶ鳥の集まれば籠の中の鳥も出でんとするが如し わが こしん の みょうほうれんげきょう を ほんぞん と あがめ たてまつりて わが こしんちゅう の ぶっしょう・なんみょうほうれんげきょう と よび よばれて あらわれ たもう ところを ほとけ とは いうなり、 たとえば かごの なかの とり なけば そら とぶ とりの よばれて あつまるが ごとし、そら とぶ とりの あつまれば かごの なかの とりも いでんと するが ごとし WAGA KOSHIN NO MYOHO-RENGE-KYO WO HONZON TO AGAME TATEMATSURITE WAGA KOSHIN-CHŪ NO BUS'SHŌ・NAM-MYOHO-RENGE-KYO TO YOBI YOBARETE ARAWARE TAMOU TOKORO WO HOTOKE TOWA IU NARI, TATOEBA KAGO NO NAKA NO TORI NAKEBA SORA TOBU TORI NO YOBARETE ATSUMARU GA GOTOSHI, SORA TOBU TORI NO ATSUMAREBA KAGO NO NAKA NO TORI MO IDEN TO SURU GA GOTOSHI 法華初心成仏抄 ほっけしょしんじょうぶつしょう HOKKE SHOSIN J Ō BUTSU SH Ō (557頁) 建治3年3月 (1277年) 通解(意訳) 我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめたてまつって、我が己心の中の仏性を南無妙法蓮華経と呼び呼ばれてあらわれるところを仏というのである。 たとえば、かごの中の鳥が鳴けば、空をとぶ鳥が呼ばれて集まるようなものである。空を飛ぶ鳥が集まれば、かごの中の鳥も出ようとするようなものである。 英語で御書 Gosho in English When we revere Myoho-renge-kyo inherent in our own life as the o...

異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり - This spiritual bond is the basis for the universal transmission of the ultimate Law of life and death.

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本文 総じて日蓮が弟子檀那・自他彼此の心なく 水魚の思を成して異体同心にして 南無妙法蓮華経と唱え奉る処を 生死一大事の血脈とは云うなり、 しかも今 日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か そうじて にちれん が でし だんな・じた ひし の こころ なく すいぎょ の おもい を なして いたいどうしん に して なんみょうほうれんげきょう と となえ たてまつる ところ を しょうじいちだいじ の けつみゃく とは いうなり、 しかも いま にちれん が ぐつう する ところ の いわゆる これ なり、もし しからば こうせんるふ の だいがん も かなうべき もの か SŌJITE NICHIREN GA DESHI DAN-NA・JITA-HISHI NO KOKORO NAKU SUIGYO NO OMOI WO NASHITE ITAI-DŌSHIN NI SHITE NAM-MYOHO-RENGE-KYO TO TONAE TATEMATSURU TOKORO WO SHŌUJI ICHIDAIJI NO KETUMYAKU TOWA IUNARI, SHIKAMO IMA NICHIREN GA GUTSŪ SURU TOKORO NO IWAYURU KURE NARI, MOSHI SHIKARABA KOSEN-RUFU NO DAIGAN MO KANAU BEKI MONO KA 生死一大事血脈抄 しょうじいちだいじけつみゃくしょう SHŌ-JI ICHIDAIJI KETSUMYAKU SHŌ (1337頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 総じて日蓮の弟子・壇家の者達が、自分と他人、あちらとこちら等と、別け隔てる心がなく、水と魚が切っても切れない関係のように、皆それぞれが「広宣流布のために」という想いを同じくして、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを、生死一大事の血脈というのである。 しかも今、日蓮が弘通する日蓮仏法の一番の肝要は、この事なのである。 もし、弟子達がこの通りに実践してしていけば、広宣流布の大願も叶うに違いない。 異体同心の団結が勝負を決する 「異体同心というのは、現代で言えば『...

師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し - Those with the heart of a lion king are sure to attain Buddhahood. Like Nichiren, for example.

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本文 悪王の正法を破るに 邪法の僧等が方人をなして 智者を失はん時は 師子王の如くなる心をもてる者 必ず仏になるべし 例せば日蓮が如し これおごれるにはあらず 正法を惜む心の強盛なるべし おごれる者は必ず強敵に値て おそるる心出来するなり あくおうの しょうほうを やぶる に じゃほうの そうらが かたうどを なして ちしゃを うしなわんときは ししおうの ごとく なる こころを もてるもの かならず ほとけに なるべし れいせば にちれんが ごとし これ おごれるには あらず しょうほうを おしむ こころの ごうじょう なるべし おごれるものは かならず ごうてきに あいて おそるる こころ しゅったい するなり AKUOU NO SHŌHŌ WO YABURU NI JAHŌ NO SOU-RA GA KATAUDO WO NASHITE CHISHA WO USHINAWAN TOKI WA SHISHI-OU NO GOTOKU NARU KOKOTO WO MOTERUMONO KANARAZU HOTOKE NI NARU BESHI REISEBA NICHIREN GA GOTOSHI KORE OGORERU NIWA ARAZU SHŌHŌ WO OSHIMU KOKORO NO GŌJŌ NARU BESHI OGORERU MONO WA KANARAZU GOUTEKI NI AITE OSORURU KOKORO SHUT'TAI SURU NARI 佐渡御書 さどごしょ SADO GOSHO [富木殿等御返事] ときどのとうごへんじ TOKI DONO TOU GOHENJI (957頁) 文永9年3月 (1272年) 通解(意訳) 悪王が正法を滅亡させようとする時、悪僧たちが悪王に味方して、智者を滅ぼそうとする時には、師子王のような心を持つ者が必ず仏になることができる。 例えば日蓮のようにである。 このように言うのは、傲慢な心を起こしているからではない。ただ、正法が滅することを惜しむ心が強いからである。傲れる者は、悪王や悪僧などの強敵にあうと、必ず恐怖の心が生まれてくるものである。 英語で御書 Gosho in Engl...

一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ - You must not spend your lives in vain and regret it for ten thousand years to come.

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本文 我が門家は 夜は眠りを断ち 昼は暇を止めて 之を案ぜよ 一生空しく過して 万歳 悔ゆること勿れ わが もんけは よるは ねむりを たち ひるは いとまを とどめて これを あんぜよ いっしょう むなしく すごして ばんさい くゆること なかれ WAGA MONKE WA YORU WA NEMURI WO TACHI HIRU WA ITOMA WO TODOMETE KORE WO ANZEYO IS'SHŌ MUNASHIKU SUGOSHITE BANSAI KUYURU KOTO NAKARE 富木殿御書 ときどのごしょ TOKI DONO GOSHO [止暇断眠御書] しかだんみんごしょ SHI KA DAN MIN GOSHO (970頁) 建治元年8月 (1275年) 通解(意訳) 我が門下生は、夜は眠りを断ち、昼は暇なく「今、広宣流布の為に自分に何ができるか」を思案しなさい。 一生を空しく過ごして、後生・万歳(来世以降・万年の歳月)に渡って、悔やしく思うようであってはならない。 英語で御書 Gosho in English In the light of the above points, this shows my followers, cut short your sleep by night and curtail your leisure by day and ponder this! You must not spend your lives in vain and regret it for ten thousand years to come. " The Problem to Be Pondered Night and Day " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 622 in Month, 1275. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  *In the light of the above...

陰徳あれば陽報あり - Where there is unseen virtue, there will be visible reward.

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本文 陰徳あれば陽報あり いんとく あれば ようほう あり INTOKU AREBA YŌHŌ ARI 陰徳陽報御書 いんとくようほうごしょ INTOKU YŌHŌ GOSHO (1178頁)  弘安元年 (1278年) 通解(意訳) 人の目に見えないところで行なった徳(善行)も、自身の生命に全て蓄積されて、やがて必ず現実として目に見える果報(功徳)があらわれる。 英語で御書 Gosho in English Where there is unseen virtue, there will be visible reward.  " Unseen Virtue and visible reward " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 907 in 1278. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 陰徳 あれば 陽報 あり INTOKU AREBA YŌHŌ ARI 陰徳 陽報 御書 INTOKU YŌHŌ GOSHO 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"