経に云く「師子奮迅之力」とは是なり - the sutra means by “the power [of the Buddhas] that has the lion’s ferocity.”
本文
師子王は前三後一と申して・ありの子を取らんとするにも又たけきものを取らんとする時も・いきをひを出す事は・ただをなじき事なり、
日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、経に云く「師子奮迅之力」とは是なり
ししおう は ぜんさんごいち と もうして・あり の こ を とらん と する にも また たけき もの を とらん と する とき も・いきおい を だす こと は・ただ おなじ こと なり、
にちれん しゅご たる ところ の ごほんぞん を・したため まいらせ そうろう こと も ししおう に・おとる べからず、きょう に いわく「しし ふんじん の りき」とは これ なり
経王殿御返事
きょうおうどのごへんじ
(1124頁)
文永10年8月
(1273年)
通解(意訳)
師子王は前三後一といって、蟻の子を捕ろうとする時にも、また猛々しいものを捕ろうとする時も、全力の勢いを出すことは全く同じである。
日蓮が、(経王御前を)お護りするための御本尊を書き認め差し上げるのも、この師子王の姿に劣るものではない。法華経湧出品第十五にある「師子奮迅の力」とは、このことである。
英語で御書
Gosho in English
Gosho in English
The lion king is said to advance three steps, then gather himself to spring, unleashing the same power whether he traps a tiny ant or attacks a fierce animal.
In inscribing this Gohonzon for her protection, Nichiren was like the lion king. This is what the sutra means by “the power [of the Buddhas] that has the lion’s ferocity.”
" Reply to Kyō’ō "
"The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, P 412
in August, 1273.
[ --- ] is liberal translation.Gosho in Japanese
師子王 は 前三後一 と 申して・あり の 子 を 取らん と する にも 又 たけき もの を 取らん と する 時 も・いきをひ を 出す 事 は・ただ をなじき 事 なり、
日蓮 守護 たる 処 の 御本尊 を・したため 参らせ 候 事も 師子王 に・をとる べからず、経 に 云く「師子 奮迅 之 力」とは 是 なり
SHISHI-Ō WA SAN-ZEN-GO-ICHI TO MOUSHITE・ARI NO KO WO TORAN TO SURU NIMO MATA TAKEKI MONO WO TORAN TO SURU TOKI MO・IKIOI WO DASU KOTO WA ・TADA ONAJI KOTO NARI,
NICHIREN SHUGO TARU TOKORO NO GOHONZON WO・SHITATAME MAIRASE SŌRŌ KOTO MO SHISHI-Ō NI・OTORU BEKARAZU, KYŌ NI IWAKU 「SHISHI-FUNJIN-NO-RIKI」TOWA KORE NARI
経王 殿 御返事
KYŌ-Ō DONO GOHENJI
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