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よりて法門御聴聞有るべし互に師弟と為らんか - That way my disciples can learn to instruct one another.

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本文 これより ぐ して・いたらん人には よりて法門 御聴聞 有るべし 互に師弟と為らんか これより ぐ して・いたらん ひとには よりて ほうもん ごちょうもん あるべし たがい に してい と ならんか 弁殿御消息 べんどのごしょうそく (1224頁) 文永9年7月 (1272年) 通解(意訳) 遠い本土から、わざわざ佐渡まで日蓮を訪ねてきた弟子が、法門を聞いて帰ってきたなら、自分の年齢や信心の長さ、深さに関係なく、直接日蓮から法門を聴くのだと心得て、よく法門を聴くようにしていきなさい。そうすれば、互いに師弟の関係となって、よき同志となっていくであろう。 英語で御書 Gosho in English As a rule, you should learn of such doctrinal matters from those who have received instruction in them directly from me. That way my disciples can learn to instruct one another. " Letter to Ben " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 440 in July, 1272. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  When a disciple who visits Nichiren from a distant mainland to Sado returns to hear the Buddhism, it is the same as listening directly to Nichiren, regardless of their age, length of religion, or depth. Think hard and listen to his Buddhist tales. Then you will become a teacher and disci...

ひとつのかたびら・なれども法華経の一切の文字の仏にたてまつるべし - Though only one robe, it has been offered to the Buddhas of all the characters of the Lotus Sutra

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本文 ひとつのかたびら・なれども法華経の一切の文字の仏にたてまつるべし。 この功徳は父母・祖父母・乃至 無辺の衆生にも.をよぼしてん、 まして・わが・いとをし(愛し)と・をもふ(想う)・をとこ(夫)は申すに及ばずと、おぼしめすべし ひとつ の かたびら・なれども ほけきょう の いっさい の もじ の ほとけ に たてまつるべし。 この くどく は ふぼ・そふぼ・ないし むへん の しゅじょう にも・およぼしてん、 まして・わが・いとおし と・おもう・おとこ は もうす に およばず と、おぼしめすべし さじき女房御返事 さじきにょうぼうごへんじ (1231頁) 建治元年5月 (1275年) 通解(意訳) 一枚の帷子(かたびら、着る物)ではあるが、法華経の一切の69,384文字に宿る、69,384の仏に供養したことになるのである。 この功徳は、あなたの父母・祖父母・さらには多くの衆生にも及ぶことは間違いない。 ましてや、あなたの最愛の夫に功徳が及ぶことはいうまでもないと、お思いなさい。 英語で御書 Gosho in English Though only one robe, it has been offered to the Buddhas of all the [ 69, 384 ] characters of the Lotus Sutra. Be firmly convinced that the benefits from this will extend to your parents, your grandparents, nay, even to countless living beings, not to mention your own husband, whom you hold most dear. " The Offering of an Unlined Robe " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 533 in May, 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese ひとつ の かたびら・なれども 法華経 の 一...

友にあふて礼あれ - Treating one’s friends with courtesy

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本文 友にあふて礼あれ とは 友達の一日に十度・二十度来れる人なりとも千里・二千里・来れる人の如く思ふて 礼儀いささか・をろかに思うべからず とも に おうて れい あれ とは ともだち の いちにち に じゅうど・にじゅうど きたれる ひと なり とも せんり・にせんり きたれる ひと の ごとく おもうて れいぎ いささか・おろか に おもう べから 上野殿御消息 うえのどのごしょうそく [四徳四恩御書] しとくしおんごしょ (1528頁) 建治元年 (1275年) 通解(意訳) 友に会ったら礼儀正しくあれ、というのは、友達で一日に10回、20回と訪ねてくる人であっても、千里・二千里の遠くから訪ねてきた人のように思って、少しも礼儀をおろそかにしてはならない。 英語で御書 Gosho in English Treating one’s friends with courtesy means that, although one may encounter them ten or twenty times in the course of a single day, one greets them courteously as though they had traveled a thousand or two thousand miles to see one, never showing them indifference. " Four Virtues and Four Debts of Gratitude " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 636 in 1275. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 友 に あふて 礼 あれ とは 友達 の 一日 に 十度・二十度 来れる 人 なりとも 千里・二千里・来れる 人 の 如く 思ふて 礼儀 いささか・をろか に 思う べからず TOMO NI OUTE REI ARE TOWA TOMODACHI NO ICHINITI NI JŪ-DO・NI-JŪ-DO KITARERU HITO NA...

金はやけば弥色まさり剣はとげば弥利くなる - The more gold is heated in the flames, the brighter will be its color; the more a sword is whetted, the sharper it will become.

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本文 金は やけば 弥 色まさり 剣は とげば 弥 利くなる・ 法華経の功徳は ほむれば 弥 功徳まさる こがね は やけば いよいよ いろ まさり つるぎ は とげば いよいよ とく なる・ ほけきょう の くどく は ほむれば いよいよ くどく まさる 妙密上人御消息 みょうみつしょうにんごしょうそく [法華経功徳抄] ほけきょうくどくしょう (1241~1242頁)  建治2年潤3月 (1276年) 通解(意訳) 金は、焼いて精錬すれば、いよいよ色がよくなり、剣は、研げばいよいよ良く切れるようになる。 同じように、法華経の功徳を褒め称えるならば、ますます功徳が勝るのである。 英語で御書 Gosho in English The more gold is heated in the flames, the brighter will be its color; the more a sword is whetted, the sharper it will become. And the more one praises the blessings of the Lotus Sutra, the more one’s own blessings will increase. " The Blessings of the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 673 in March, 1276. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 金は やけば 弥 色まさり 剣は とげば 弥 利くなる・ 法華経の功徳は ほむれば 弥 功徳まさる KOGANE WA YAKEBA IYOIYO IRO MASARI TSURUGI WA TOGEBA IYOIYO TOKU NARU・ HOKEKYO NO KUDOKU WA HOMUREBA IYOIYO KUDOKU MASARU 妙密上人御消息 MYŌMITSU SHŌNIN GOSHŌSOKU [法華経功徳抄] HOKEKYO KUDOKU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖...

地涌の菩薩の妙法蓮華経の良薬を さづけ給えるか - I wonder...the Bodhisattvas of the Earth have bestowed upon me the good medicine of Myoho-renge-kyo.

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本文 去年十二月卅日(三十日) 事起り 今年六月 三日 四日 日日に度をまし 月月に倍増す 定業かと存ずる処に 貴辺の良薬を服してより已来 日日 月月に減じて 今百分の一となれり、 しらず教主釈尊の入りかわり・まいらせて日蓮をたすけ給うか、地涌の菩薩の妙法蓮華経の良薬を さづけ給えるかと疑い候なり いぬる じゅうにがつ さんじゅうにち こと おこり ことし ろくがつ みっか よっか ひび に ど を まし つきづき に ばいぞう す じょうごう か と ぞんずる ところ に きへん の りょうやく を ふくして より このかた ひび つきづき に げんじて いま ひゃくぶん の いち と なれり、 しらず きょうしゅ しゃくそん の いりかわり・まいらせ にちれん を たすけ たもうか、 じゆ の ぼさつ の みょうほうれんげきょう の りょうやく を さずけ たまえる か と うたがい そうろう なり 中務左衛門尉殿御返事 なかつかささえもんのじょうどのごへんじ [二病抄] にびょうしょう (1179頁) 弘安元年4月 (1278年) 通解(意訳) (当時、疫病が流行していて、日蓮大聖人も病にかかった。) 病気は去年12月30日から始まり、今年の6月の3、4日頃から一日一日とその度合いが増して、月々に症状が重くなっていった。 これは前世からの宿業かと思っていたところに、あなた(四条金吾)から頂いた良薬を服用してからは、日々月々に症状も軽くなって、今では百分の一となった。 これは分からない事だが、教主釈尊があなたの身に入り替わり参らせて、日蓮を助けられたのであろうか、地涌の菩薩が妙法蓮華経の題目の良薬を授けられたのかと、不思議に思っている。 英語で御書 Gosho in English I developed diarrhea on the thirtieth day of the twelfth month of last year, and up until the third or fourth day of the sixth month of this year, it grew more frequent by the day and more severe by the month. Just when I was thinki...

南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき - If only you chant Nam-myoho-renge-kyo, then what offense could fail to be eradicated?

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本文 只 南無妙法蓮華経と だにも唱へ奉らば 滅せぬ罪やあるべき 来らぬ福や有るべき、 真実なり 甚深なり 是を信受すべし ただなんみょうほうれんげきょうとだにもとなえたつまつらばめっせぬつみやあるべききたらぬふくやあるべき、 しんじつなりじんじんなりこれをしんじゅすべし 聖愚問答抄・下  しょうぐもんどうしょう・げ SHŌGU MONDŌ SHŌ ・GE (497頁)  文永2年又は文永5年 (1265年、1268年) 通解(意訳) ただ南無妙法蓮華経とだけでも唱えるならば、消滅しない罪があるはずはなく、訪れて来ない幸福があるはずもない。 法華経の題目のみが唯一、真実の法であり、極めて深い法であるから、この大法を信受するべきである。 英語で御書 Gosho in English If only you chant Nam-myoho-renge-kyo, then what offense could fail to be eradicated? What blessing could fail to come? This is the truth, and it is of great profundity. You should believe and accept it. " Conversation between a Sage and an Unenlightened Man " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 130 in 1265, or 1268. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 只 南無妙法蓮華経 と だにも 唱へ 奉らば 滅せぬ 罪 や あるべき 来らぬ 福 や 有るべき、 真実 なり 甚深 なり 是 を 信受 すべし TADA NAM-MYOHO-RENGE-KYO TO DANIMO TONAE TATEMATSURABA MES'SENU TSUMI YA ARUBEKI KITARANU FUKU YA ARUBEKI, SHINJITSU NARI JINJIN NARI KORE WO SH...

ちかいし願やぶるべからず - This is my vow, and I will never forsake it!

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本文 大願を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、 其の外の大難・風の前の塵なるべし、 我 日本の柱とならむ 我 日本の眼目とならむ 我 日本の大船とならむ等 と ちかいし願やぶるべからず。 だいがん を たてん にほんこく の くらい を ゆずらん、ほけきょう を すてて かんきょうとう に ついて ごしょう を ごせよ、ふぼ の くび を はねん ねんぶつ もうさずば、なんど の しゅじゅ の だいなん・しゅったい す とも ちしゃ に わが ぎ やぶられずば もちいじ と なり、 そのほか の だいなん・かぜ の まえ の ちり なるべし、 われ にほん の はしら と ならん、われ にほん の がんもく と ならん われ にほん の たいせん と ならん とう と ちかいし ねがい やぶる べからず。 開目抄・下  かいもくしょう・げ [人本尊開顕書] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (232頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) いまこそ大願を立てよう。法華経をすてて観経等の信仰に入り、後生の極楽往生を願うならば、日本国の位を譲ろうとの誘惑があろうとも、また念仏を申さないならば、父母の首を斬りはねるとの脅迫があろうとも、またその他の種々な大難が出来しようとも、智者に日蓮の教義が破られない限り、絶対に他の教義にはしたがうことはない。 この智者にわが義をやぶられる以外の大難は、風の前の塵のごとき問題にならない事件である。 日本国の一切衆生を救うために、われは日本の柱となろう、われは日本の眼目となろう、われは日本の大船となろう等と誓い願った事は、絶対に破ることがないのである。 英語で御書 Gosho in English Here I will make a great vow. Though I might be offered the rulership of Japan if I would only abandon the Lotus Sutra, accept the teachings of the Meditation Sutra, and loo...