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百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる - Alantern lighting up a place that has been dark for a hundred, a thousand, or ten thousand years.

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本文 この経の題目は習い読む事なくして大なる善根にて候、 悪人も女人も畜生も地獄の衆生も十界ともに即身成仏と説かれて候は、 水の底なる石に火のあるが如く百千万年くらき所にも燈を入れぬればあかくなる この きょうの だいもくは ならい よむ こと なくして だいなる ぜんこんにて そうろう、 あくにんも にょにんも ちくしょうも じごくのしゅじょうも じっかい ともに そくしんじょうぶつ と とかれて そうろうは、 みずの そこなる いしに ひの あるが ごとく ひゃくせんまんねん くらき ところにも ともしびを いれぬれば あかくなる 妙法尼御前御返事 みょうほうあまごぜんごへんじ [一句肝心事] いっくかんじんのこと (1403頁) 弘安元年7月 (1278年) 通解(意訳) 法華経の題目とは、内容を習い読み、理解して唱えるのではなくとも、大きな善根を積むことになるのである。 悪人も女人も、畜生界や地獄界の衆生も、一切衆生が等しく備えている十界と共に、題目を唱えた瞬間に即身成仏ができると説かれていることは、 水の底に沈んでいる石でも、こすれば火を発するように、また百千万年の間、闇に閉ざされていた所でも、燈火を入れれば明るくなるようなものである。 英語で御書 Gosho in English Even though one neither reads nor studies the sutra, chanting the title alone is the source of tremendous good fortune. The sutra teaches that women, evil men, and those in the realms of animals and hell—in fact, all the beings of the Ten Worlds—can attain Buddhahood in their present form. [This is an incomparably greater wonder than] fire being produced by a stone taken from the bottom of a river, or a lantern lighting up a plac...

人は善根をなせば必ずさかう - Will human beings never fail to prosper when they make good causes.

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本文 花は開いて果となり・月は出でて必ずみち・燈は油をさせば光を増し・草木は雨ふればさかう・人は善根をなせば必ずさかう はな は ひらいて このみ と なり・つき は いでて かならず みち・ともしび は あぶら を させば ひかり を まし・そうもく は あめ ふれば さかう・ひと は ぜんこん を なせば かならず さかう 上野殿御返事 うえのどのごへんじ [正月三日御書] しょうがつみっかごしょ (1562頁)  弘安3年1月   (1280年) 通解(意訳) 花は咲いて果実となり、月は出て必ず満ち、燈火は油をさせば光を増し、草木は雨が降れば生い茂って栄える。同じように人は善根を積めば必ず栄えるのである。 英語で御書 Gosho in English Just as flowers open up and bear fruit, just as the moon appears and invariably grows full, just as a lamp becomes brighter when oil is added, and just as plants and trees flourish with rain, so will human beings never fail to prosper when they make good causes. " The Third Day of the New Year " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1013  in January, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 花 は 開いて 果 と なり・月 は 出でて 必ず みち・ 燈 は 油 を させば 光 を 増し・草木 は 雨ふれば さかう・ 人 は 善根 を なせば 必ず さかう HANA WA HIRAITE KONOMI TO NARI・TSUKI WA IDETE KANARAZU MICHI・ TOMOSHIBI WA ABURA WO SASEBA HIKARI WO MASHI・SOUMOKU WA AME FUREBA S...

月月・日日につより給へ - Strengthen your faith day by day and month after month.

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本文 設い大鬼神の つける人なりとも 日蓮をば 梵釈・日月・四天等・天照太神・八幡の守護し給う ゆへに ばつしがたかるべし と 存じ給うべし、 月月・日日につより給へ・すこしも たゆむ心あらば 魔 たよりを うべし。 我等 凡夫の つたなさは 経論に有る事と 遠き事は おそるる心なし たとい だいきじん の つける ひと なりとも にちれん をば ぼんしゃく・にちがつ・してんとう・てんしょうだいじん・はちまん の しゅご し たもう ゆへに ばっし がた かるべし とぞんじ たもうべし、 つきづき・ひび に つより たまへ・すこし も たゆむ こころ あらば ま たより を うべし、 われら ぼんぷ の つたなさ は きょうろん に ある こと と とおき こと は おそるる こころ なし 聖人御難事 しょうにんごなんじ (1190頁) 弘安2年10月 (1279年) 通解(意訳) たとえ大鬼神が取りついている人であっても、日蓮を梵天・帝釈・日天・月天・四天王、天照太神・八幡大菩薩等、あらゆる諸天善神が守護されているゆえに、誰にも罰することはできないのだと確信していきなさい。 同じように、自分にも諸天の守護があるのだと確信して、月々日々に、常に信心を奮い起していきなさい。少しでも信心にゆるむ心が出てくれば、三障四魔がその心の隙をたよりにして、紛れて襲ってくるであろう。 我々凡夫の拙なさとして、経文に難が競うと説かれている事を常に教えているが、自分に大難が襲ってくる事などという事は、自分には縁遠い他人事として、大難を恐れる心がない。 これが信心の心が緩む一例であり、いざ自分に難が襲った時には、退転する原因となってしまうのである。 英語で御書 Gosho in English Not even a person possessed by a powerful demon, can harm Nichiren, because Brahmā, Shakra, the gods of the sun and moon, the four heavenly kings, the Sun Goddess, and Hachiman are safeguarding him. Strengthen your faith day by day and mon...

始より終りまで弥信心をいたすべし - Be diligent in developing your faith until the last moment of your life.

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本文 弥 はげませ給うべし 懈ることなかれ、 皆 人の此の経を信じ始むる時は 信心有る様に見え候が・中程は 信心も よはく 僧をも恭敬せず 供養をも なさず・自慢して悪見をなす、これ恐るべし恐るべし、 始より終りまで 弥 信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん いよいよ はげませ たもうべし おこたる こと なかれ、 みな ひとの この きょうを しんじはじむる ときは しんじん あるように みえ そうろうが・なかほどは しんじんも よわく そう をも きょうけいせず くようも なさず・じまんして あっけんを なす、これ おそるべし おそるべし、 はじまりより おわりまで いよいよ しんじんを いたすべし・さなくして こうかいや あらんずらん 新池御書 にいけごしょ (1440頁)  弘安3年2月 (1280年) 通解(意訳) さらに信心に励んでいき、怠ることがあってはならない。 皆、人がこの法華経を信じはじめる時は、信心がある様に見えるが、時が経って信心が深まる途中になると、信心も弱まり、僧侶(信心の先輩、同志)も敬うこともせず、御本尊へのご供養や、困った同志を助ける心も忘れ、慢心を起こして邪悪な考えを起こしてしまうものである。 これは大変に恐るべきことである。 始めから終りまで、いよいよ信心を深めて貫くべきである。そうでなければ後悔するであろう。 英語で御書 Gosho in English Strive ever harder in faith, and never give in to negligence. All the people appear to believe sincerely when they first embrace the Lotus Sutra, but as time passes, they tend to become less devout; they no longer revere or make offerings to the priest, giving themselves up to arrogance and forming distorted views.  This is most frightening. Be diligent in developing yo...

法華経は師子吼の第一なり - The Lotus Sutra is the foremost roar of the lion.

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本文 師子の筋を琴の絃にかけて・これを弾けば余の一切の獣の筋の絃皆きらざるに・やぶる、 仏の説法をば師子吼と申す乃至法華経は師子吼の第一なり ししのすじを ことの いとに かけて・これを ひけば よ の いっさいの けものの すじの いと みな きらざるに・やぶる、 ほとけの せっぽう をば ししく と もうす ないし ほけきょうは ししくの だいいち なり 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [梵音声御書] ぼんのんじょうごしょ (1122頁)  文永9年9月 (1272年) 通解(意訳) 師子(獅子)の筋を琴の絃にかけて、これを弾けば、他の一切の獣の筋の絃は、皆切らないのに破れてしまう。 釈迦仏の説法を師子吼という。その中で法華経は師子吼の第一である。 英語で御書 Gosho in English They say that if one uses the sinews of a lion to make strings for a koto* and plucks them, then strings made from the sinews of other animals will automatically snap, even though no one cuts them. The Buddha’s preaching of the Law is called the lion’s roar, and the Lotus Sutra is the foremost roar of the lion. *Japanese Harp " The Pure and Far-Reaching Voice " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 332 September, 1272. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 師子 の 筋 を 琴 の 絃 に かけて・これ を 弾けば 余 の 一切 の 獣 の 筋 の 絃 皆 きらざるに・やぶる、 仏 の 説法 をば 師子吼 と 申す 乃至 法華...

妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし - Let us openly and clearly outline the virtues of Myoho-renge-kyo

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本文 妙法蓮華経の徳 あらあら 申し開くべし、 毒薬変じて薬となる 妙法蓮華経の五字は悪変じて善と 玉泉と申す泉は石を玉となす 此の五字は凡夫を仏となす みょうほうれんげきょうの とく あらあら もうし ひらくべし、 どくやく へんじて くすりと なる みょうほうれんげきょうの ごじは あく へんじて ぜんと ぎょくせんと もうす いずみは いしを たまと なす この ごじは ぼんぷを ほとけと なす 内房女房殿御返事 うつぶさにょうぼうどのごへんじ [白馬白鳥御書] はくばはくちょうごしょ (1422頁) 弘安3年8月 (1280年) 通解(意訳) 妙法蓮華経の功徳を大まかに申し開いて差し上げよう。 毒薬が変じて薬となる、とのたとえがあるように、妙法蓮華経の五字は、悪が変じて善となるのである。 玉泉という泉は、石を宝玉に変えると言われている。同じように、この五字は凡夫を仏に成すのである。 英語で御書 Gosho in English Let us openly and clearly outline the virtues of Myoho-renge-kyo! Just as poisonous compounds are changed into medicine, so these five characters of Myoho-renge-kyo change evil into good. The Spring of Jewels is so called because, in this spring, stones are changed into jewels. In the same way, these five characters can change ordinary human beings into Buddhas. " White Horses and White Swans " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 1064 in August, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 妙法蓮華経 の 徳 あらあら 申し 開く べし、...

魔の習いは善を障えて悪を造らしむるをば 悦ぶ事に候 - It is the way of the devil to delight in obstructing good and in causing the production of evil.

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本文 法華経の行者をば 第六天の魔王の必ず障うべきにて候、十境の中の魔境 此れなり 魔の習いは 善を障えて悪を造らしむるをば 悦ぶ事に候、強いて悪を造らざる者をば 力 及ばずして 善を造らしむ 又 二乗の行をなす物をば・あながちに怨をなして善をすすむるなり、 又 菩薩の行をなす物をば 遮つて 二乗の行をすすむ 是 後に 純円の行を一向になす者をば 兼別等に堕すなり ほけきょうの ぎょうじゃをば だいろくてんの まおう かならず ささう べきにて そうろう、 じっきょうの なかの まきょう これなり まの ならいは ぜんを ささえて あくを つくらしむるをば よろこぶことに そうろう、しいて あくをつくらざる ものをば ちから およばずして ぜんを つくらしむ また にじょうの ぎょうを なすものをば・あながちに あだを なして ぜんを すすむるなり、また ぼさつの ぎょうを なすものをば さえぎって にじょうの ぎょうをすすむ この のちに じゅんえんの ぎょうを いっこうに なすものをば けんべつとうに おとすなり 常忍抄 じょうにんしょう [稟権出界抄] ほんごんしゅっかいしょう (981頁) 建治3年10月 (1277年) 通解(意訳) 法華経の行者のことを、第六天の魔王が必ず妨げるのである。 天台大師が顕した「摩訶止観」にある、魔事境がこれにあたり、仏道修行の障げとなる種々の現象が起こるのである。 魔の習癖は、善い行い(善行)をしようとする者を妨げて、悪事をさせるのを悦ぶことにある。どうしても悪事を行わない者には、力が及ばずに善行をさせるが、天界・人界の六道(十界のうち、地獄界・餓鬼界・修羅界・人界・天界)に留まった善行をさせ、仏法と縁させないよう邪魔するのである。 また、法華経以外の小乗仏教(自分だけの悟りを得ようとする、声聞・縁覚界の仏教)の修行をする者には、ひたすら恨んで、仏法にまで及ばない天界・人界の善行をさせ、大乗仏教(他人にも悟りを得させようとする、菩薩界の仏道修行)をする者には、それを邪魔して、より劣った二乗仏教の修行をすすめる。 そして最後に、一切衆生に皆等しく仏性があると説いている、真の仏法である法華経を、説法通りに修行をする者には、法華経に別の教えや我見の解釈を加えたり、法華経の解釈を誤ったりした大謗法の邪法に堕とし、大悪...