合掌とは法華経の異名なり - Gasshō, or “pressing the palms together,” is another name for the Lotus Sutra
本文
合掌とは法華経の異名なり 向仏(こうぶつ)とは法華経に値い奉ると云うなり
合掌は色法なり 向仏は心法なり、
色心の二法を妙法と開悟するを歓喜踊躍(かんぎ ゆやく)と説くなり
がっしょうとはほけきょうのいみょうなりこうぶつとはほけきょうにあいたてまつるというなり
がっしょうはしきほうなりこうぶつはしんぽうなり、
しきしんのにほうをみょうほうとかいごするをかんぎゆやくととくなり
御義口伝
おんぎくでん
譬喩品九箇の大事
ひゆぼんきゅうかのだいじ
第二 即起合掌の事
だいに そっきがっしょうのこと
(722頁)
通解(意訳)
「合掌」とは法華経の異名である。「向仏」とは、妙法蓮華経にあいたてまつるということである。
合掌は色法(肉体・身心の変化の法)の姿であり、向仏とは信心であり、心法(心や精神の変化の法)である。
色心の二法を妙法蓮華経であると悟る事を、譬喩品の中で、釈尊の弟子である舎利弗が、喜びのあまり踊り出したと説くのである。
歓喜踊躍(歓喜のあまり身体は踊りだし、心はいきいきとしていて、その人の身心の生命が躍動する姿)とは、色法と心法がかけ離れたものではなく一体の姿(色心不二)なのであり、歓喜踊躍と説くのであり、この歓喜こそ法華経の真髄の妙法蓮華経と説くのである。
英語で御書
Gosho in English
Gosho in English
Gasshō [;合掌], or “pressing the palms together,” is another name for the Lotus Sutra.
Kōbutsu [;向仏], or “turning to face the Buddha,” means that one encounters and pays respect to the Lotus Sutra.
Pressing the palms together is an element of the body. Turning to face the Buddha is an element of the mind.
The passage describes how one dances with joy when one comes to the realization that the elements of the body and the mind are the Wonderful Law.
====================================
" Chapter Three: Simile and Parable Nine important points "
Point Two,
regarding the passage
“At that time Shāriputra’s mind danced with joy ..."
"The Record of The Orally Transmitted Teachings"
Part One, P 45
====================================
[ --- ] is liberal translation.Gosho in Japanese
合掌とは法華経の異名なり 向仏(こうぶつ)とは法華経に値い奉ると云うなり
合掌は色法なり 向仏は心法なり、
色心の二法を妙法と開悟するを歓喜踊躍(かんぎ ゆやく)と説くなり
GAS'SHŌ TOWA HOKEKYO NO IMYŌ NARI KŌBUTSU TOWA HOKEKYO NI AI TATEMATSURU TO IU NARI
GAS'SHO WA SHIKIHŌ NARI KŌBUTSU HA SHINPŌ NARI,
SHIKI-SHIN NO NI-HŌ MYOHO TO KAIGO SURU WO KANGI-YUYAKU TO TOKU NARI
御義口伝
ONGIKUDEN
譬喩品九箇の大事
HIYU-BON KYŪ-KA NO DAIJI
第二 即起合掌の事
DAI NI SOK'KI GAS'SHŌ NO KOTO
コメント
コメントを投稿
誰でもコメントができるようになりました。
匿名コメントも可能ですので、気軽にコメントできます。