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仏法は体のごとし 世間はかげのごとし - Buddhism is like the body, and society like the shadow.

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本文 仏法やうやく顛倒しければ 世間も又 濁乱せり、仏法は体のごとし 世間はかげのごとし 体曲れば影ななめ なり ぶっぽう ようやく てんとう し ければ せけんも また じょくらんせり、 ぶっぽうは からだの ごとし せけんは かげの ごとし からだ まがれば かげ ななめなり 諸経と法華経の難易の事 しょきょうとほけきょうのなんいのこと [難信難解法門] なんしんなんげほうもん (992頁) 弘安3年5月 (1280年) 通解(意訳) 仏法が年月が経つにつれて本末転倒し、曲がった解釈が広がってしまったので、世間もまた濁り乱れてしまった。 仏法は全宇宙の万理の法則の本体であり、世間の法はその影のようなものである。例えて言えば、体が曲がれば、影も斜めになる事と同じようなものである。 間違った法を用いて国を治めたなら、その国土は乱れて、民もまた乱れる。間違った法を信じれば、その者の性分も曲がり、乱れてしまうのである。 英語で御書 Gosho in English Buddhism has gradually been turned upside down, the secular world also has been plunged into corruption and chaos. Buddhism is like the body, and society like the shadow. When the body bends, so does the shadow. " A Comparison of the Lotus and Other Sutras " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1039 in May, 1280.  [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Buddhism is the body of a law in a metagalaxy. And a law in the world is the one like its shadow. If a country was ruled using a wro...

今生の名聞・後世の弄引 - Only glory that you need seek in your present lifetime, and is the action that will draw you toward Buddhahood in your next existence

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本文 願くは「現世安穏・後生善処」の妙法を持つのみこそ 只 今生の 名聞・後世の弄引なるべけれ 須く 心を一にして 南無妙法蓮華経と 我も唱へ 他をも 勧んのみこそ 今生人界の 思出 なるべき ねがわく は「げんせ あんのん・ごしょう ぜんしょ」の みょうほうを たもつ のみ こそ ただ こんじょうの みょうもん・ごせ の ろういん なるべけれ すべからく こころ を いつ に して なんみょうほうれんげきょう と われも となえ た をも すすめん のみ こそ こんじょう にんかい の おもいで なるべき 持妙法華問答抄 じみょうほっけもんどうしょう (467頁) 弘長3年 (1263年) 通解(意訳) 願くは「現世は安穏であり、後生は善処に生れる」と仰せの妙法を持つことのみが、ただ今世での真の名誉であり、未来世では成仏の手引きとなるのである。是非とも心を定めて、南無妙法蓮華経と真剣に祈り、勇気を持って他人にも勧めることが、人間として今生に生まれてきた思い出となるのである。 人生最高の思い出 「この世に生まれて、一体何人の人を幸福にしたか。 何人の人に『あなたのおかげで私は救われた』と言われる貢献ができたか。 人生、最期に残るのは、最期の生命を飾るのは、それではないだろうか。」 -池田大作 英語で御書 Gosho in English I pray that you will embrace the Mystic Law, which guarantees that people “will enjoy peace and security in their present existence and good circumstances in future existences.” This is the only glory that you need seek in your present lifetime, and is the action that will draw you toward Buddhahood in your next existence. Single-mindedly chant Nam-myoho-renge-kyo and urge others to do the same; that will re...

湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり - praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground.

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本文 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと 湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり いかなる よ の みだれ にも おのおの おば ほけきょう・じゅうらせつ・たすけたまえ と しめれる き より ひ を いだし かわける つち よち みず を もうけん が ごとく ごうじょう に もうす なり 呵責謗法滅罪抄 かしゃくほうぼうめつざいしょう (1132頁) 文永10年 (1273年) 通解(意訳) どのような世の乱れが起きても、あなた方お一人お一人の弟子達の事を、「法華経・十羅刹女(あらゆる諸天善神)よ、彼らを守護し、助けたまえ」と、湿っている木に火を出し、乾いた土から水を出すような思いで、強盛に祈っている。 英語で御書 Gosho in English I am praying that, no matter how troubled the times may become, the Lotus Sutra and the ten demon daughters will protect all of you, praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground. " On Rebuking Slander of the Law and Eradicating Sins " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 435 in 1273. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  The Ten Demon Daughters: The Goodness Gods, protection to The Believer of The Lotus Sutra. Gosho in Japanese 何なる 世 の 乱れ にも各各 をば 法華経・十羅刹・助け 給へ と 湿れる 木 より 火 を 出し 乾ける 土 より 水 を 儲けんが 如く 強盛...

烏鵲が鸞鳳をわらふなるべし - they are being as ridiculous as fireflies laughing at the sun and moon...or a magpie mocking a phoenix.

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本文 日蓮御房は 師匠にて おはせども余に こはし 我等は やはらかに 法華経を弘むべし と 云んは 螢火が日月をわらひ 蟻塚が華山を下し 井江が河海をあなづり 烏鵲が鸞鳳をわらふなるべし わらふなるべし。 にちれんごぼうは ししょうにて おわせども あまりにこわし われらは やわらかに ほけきょうを ひろむべしと いわんは ほたるびが にちがつをわらい ありづかが かざんをくだし せいこうが かかいをあなずり かささぎが らんほうを わらうなるべし わらうなるべし 佐渡御書 さどごしょ [富木殿等御返事] ときどのとうごへんじ (961頁) 文永9年3月 (1272年) 通解(意訳) (愚かな弟子達が)「日蓮御房は私達の師匠ではあられるが、余りにも強盛すぎる。我らは柔らかに法華経を弘めよう」と言っていることは、 ホタルの光が太陽や月の光を笑い、蟻塚が華山(約2kmある中国の山)を見下し、井戸や小川が大河や海を侮り、カササギが鸞鳥や鳳凰(らんちょう、ほうおう、いずれも伝説上の鳥)を笑うようなものである。笑うようなものである。 英語で御書 Gosho in English The renegade disciples say, “Though the priest Nichiren is our teacher, he is too forceful. We will spread the Lotus Sutra in a more peaceful way.” In so asserting, they are being as ridiculous as fireflies laughing at the sun and moon, an anthill belittling Mount Hua, wells and brooks despising the river and the ocean, or a magpie mocking a phoenix. Nam-myoho-renge-kyo. " Letter from Sado " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 306 March, 1272.  [ --- ] is li...

今の世間を見るに人をよくなすものはかたうどよりも強敵が人をば・よくなしけるなり - In this age as well, it is not one’s allies but one’s powerful enemies who assist one’s progress.

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本文 釈迦如来の 御ためには 提婆達多こそ 第一の 善知識なれ、 今の世間を見るに 人を よくなすものは かたうどよりも 強敵が 人をば・よくなしけるなり しゃかにょらい の おんため には だいばだった こそ だいいち の ぜんちしき なれ、いま の せけん を みる に ひと を よく なす もの は かたうど よりも ごうてき が ひと をば・よく なしけるなり 種種御振舞御書 しゅじゅおふるまいごしょ [佐渡抄] さどしょう (917頁)  建治2年3月 (1276年) 通解(意訳) 釈迦如来にとっては、釈尊の弟子でありながら嫉妬に狂って退転し、釈尊を迫害した提婆達多こそが、釈尊の正しさを証明した第一の善知識ではなかったか。 今の世間を見ると、人をより良く成長させ、強くするものは、味方よりも強敵が人をよくしているのである。 英語で御書 Gosho in English Devadatta was the foremost good friend to the Thus Come One Shakyamuni. In this age as well, it is not one’s allies but one’s powerful enemies who assist one’s progress. " The Actions of the Votary of the Lotus Sutra " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 765 in February, 1277. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Devadatta was disciple of the Shakyamuni-Buddha, but he had jealous and grudge against Shakyamuni-Buddha. But, the Shakyamuni-Buddha's correctness was proved by the Evil attitude of the Devadatta. In the same...

釈尊...法華経...我等衆生との三つ全く差別無し - Shakyamuni Buddha... the Lotus Sutra... and we ordinary human beings are in no way different or separate from one another.

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本文 久遠実成の釈尊と 皆成仏道の法華経と 我等 衆生との三つ 全く差別無しと解りて 妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、 此の事 但 日蓮が弟子旦那等の肝要なり 法華経を持つとは是なり くおんじつじょう の しゃくそん と かいじょうぶつどう の ほけきょう と われら しゅじょう の みっつ まったく さべつ なし と さとりて みょうほれんげきょう と となえ たてまつる ところ を しょうじ いち だいじ の けつみゃく とは いう なり このこと ただ にちれん が でし だんな とう の かんよう なり ほけきょう を たもつ とは これ なり 生死一大事血脈抄 しょうじいちだいじけつみゃくしょう (1337頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 仏界の象徴である久遠実成(永遠の成仏を実らせた)釈尊と、皆成仏道の法華経(皆が仏に成る道=万人成仏を唯一説いている法である、妙法蓮華経)と、私たち衆生の三つには、全く差別(違い)がなく、同じものであると理解し、心から確信して妙法蓮華経と唱えたてまつるところを、「生死一大事の血脈」というのでる。 このことが日蓮の弟子檀那らにとっての肝要である。法華経を持つとは、この事を言うのである。 英語で御書 Gosho in English Shakyamuni Buddha who attained enlightenment countless kalpas ago, the Lotus Sutra that leads all people to Buddhahood, and we ordinary human beings are in no way different or separate from one another. To chant Myoho-renge-kyo with this realization is to inherit the ultimate Law of life and death. This is a matter of the utmost importance for Nichiren’s disciples and lay supporters, and this is what it means to embrace ...

まへにかう申すはきたうなるべし - In admonishing you in this way, I am trying to forge your faith.

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本文 きたはぬ・かねは・さかんなる火に入るれば とく とけ候、冰を ゆ に入るがごとし、 剣なんどは大火に入るれども暫くは とけず 是きたへる故なり、 まへに かう 申すは きたうなるべし きたわぬ・かねは・さかんなる ひに いるれば とく とけ そうろう、こおり を ゆ に いるが ごとし、 つるぎ なんどは だいかに いるれども しばらくは とけず これ きたえる ゆえなり、 まえに こう もうすは きたう なるべし 四条金吾殿御返事 しじょう きんご どの ごへんじ [世雄御書] せおう ごしょ (1169頁) 建治3年 (1277年) 通解(意訳) 鍛えていない鉄は、燃え盛る火に入れれば、すぐに溶けてしまう。氷を湯の中に入れるようなものである。 剣などは大火に入れても、しばらくは溶けない。これは鍛えられているからである。 あなたに、あえて事前にこのように申すのは、あなたの心を鍛えるためである。 英語で御書 Gosho in English Untempered iron quickly melts in a blazing fire, like ice put in hot water. But a sword, even when exposed to a great fire, withstands the heat for a while, because it has been well forged. In admonishing you in this way, I am trying to forge your faith. " The Hero of the world " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 839 in 1277. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese きたはぬ・かね は・さかんなる 火 に 入るれば とく とけ 候、冰 を ゆ に 入る が ごとし、 剣 なんど は 大火 に 入るれども 暫く は とけず 是 きたへる 故 なり、 まへ に かう 申す は きたう なるべし KITAWANU・KANE WA・SAKAN NARU HI...

定めて天之を抑うるか - Undoubtedly the heavenly gods are delaying such a pardon.

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本文 早早に 御免を 蒙らざる 事は 之を 歎く可からず 定めて 天 之を 抑うるか そうそうに ごめんを こうむらざる ことは これを なげく べからず さだめて てん これを おさうるか 真言諸宗違目 しんごんしょしゅういもく (139頁) 文永9年5月 (1272年) 通解(意訳) 日蓮が佐渡流罪から早く赦免されない事には、(必ず意味があるのだから)これを嘆いてはならない。これは、諸天善神が赦免されないように抑えておられるのであろう。 英語で御書 Gosho in English You must not lament the fact that I have not speedily been granted pardon from my sentence of exile. Undoubtedly the heavenly gods are delaying such a pardon. " Errors of the True Word and Other Schools "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 434 May, 1272. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  " Undoubtedly the heavenly gods are delaying such a pardon. " is that Everything have great meaning. Gosho in Japanese 早早に 御免を 蒙らざる 事は 之を 歎く可からず 定めて 天 之を 抑うるか SŌSŌ NI GOMEN WO KŌMURAZARU KOTO WA KORE WO NAGEKU BEKARAZU SADAMETE TEN KORE WO OSAURUKA 真言諸宗違目 SHINGON SHO-SHŪ IMOKU 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nic...

蘭室の友に交りて麻畝の性と成る - You have associated with a friend in the orchid room and have become as straight as mugwort growing among hemp.

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本文 鳩 化して鷹と為り 雀 変じて蛤と為る、悦しきかな 汝 蘭室の友に交りて麻畝の性と成る はと け して たか と なり すずめ へんじて はまぐり と なる、よろこばしき かな なんじ らんしつ の とも に まじりて まほ の しょう と なる 立正安国論 りっしょうあんこくろん (31頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) 古事に「鳩化して鷹となり、雀(福良雀という、雀(すずめ)の形のような貝)が変じて蛤(はまぐり)となる」とあるように、人は善き友(善知識)と交わることで、より善い人間になることができる。 悦ばしいことに、あなたは蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)に交わって感化されて、蓬(よもぎ)のように曲がりがちな性格が、真っ直ぐに育つ麻畑の中に蓬が交わって正されたように、素直で真っ直ぐな性格になれた。 蘭室の友 「対話は、慈悲の香りが相手を包み込むようでありたい。 弘教は押しつけでもなければ、組織のためでもない。 弘教は、相手の仏界をを礼拝することだから、最高に相手を尊敬する行為なのです。(中略) 相手を論破しようとしたり、こちらの勢力に取り込もうとするような対立的な心で弘教するのではないのです。 」 - 池田大作 英語で御書 Gosho in English The dove has changed into a hawk, the sparrow into a clam. How gratifying! You have associated with a friend in the orchid room and have become as straight as mugwort growing among hemp. " On Establishing the Correct Teaching for the Peace of the Land " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 23 in July, 1260. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  You were inspired by ...

異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり - This spiritual bond is the basis for the universal transmission of the ultimate Law of life and death.

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本文 総じて日蓮が弟子檀那・自他彼此の心なく 水魚の思を成して異体同心にして 南無妙法蓮華経と唱え奉る処を 生死一大事の血脈とは云うなり、 しかも今 日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か そうじて にちれん が でし だんな・じた ひし の こころ なく すいぎょ の おもい を なして いたいどうしん に して なんみょうほうれんげきょう と となえ たてまつる ところ を しょうじいちだいじ の けつみゃく とは いうなり、 しかも いま にちれん が ぐつう する ところ の いわゆる これ なり、もし しからば こうせんるふ の だいがん も かなうべき もの か 生死一大事血脈抄 しょうじいちだいじけつみゃくしょう (1337頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) 総じて日蓮の弟子・壇家の者達が、自分と他人、あちらとこちら等と、別け隔てる心がなく、水と魚が切っても切れない関係のように、皆それぞれが「広宣流布のために」という想いを同じくして、異体同心で南無妙法蓮華経と唱えたてまつるところを、生死一大事の血脈というのである。 しかも今、日蓮が弘通する日蓮仏法の一番の肝要は、この事なのである。 もし、弟子達がこの通りに実践してしていけば、広宣流布の大願も叶うに違いない。 異体同心の団結が勝負を決する 「異体同心というのは、現代で言えば『組織』ということです。 『異体』というのは、ひとそれぞれ、姿も立場も、状況も使命も違う。しかし『心』は──信心は『同心』でいきなさいというのです。 『異体異心』では、バラバラです。『同体同心』というのは無理やり、形も姿も心まで統一しようというのです。ファシズムであり、自由はない。だれもついてこられず、格好だけ合わせている。結局、『同体異心』になってしまう」 ─池田大作 英語で御書 Gosho in English All disciples and lay supporters of Nichiren should chant Nam-myoho-renge-kyo with the spirit of many in body but one in mind, transcending all differences among themselves to beco...

設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし - Whatever trouble occurs, regard it as no more than a dream, and think only of the Lotus Sutra.

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本文 設ひ・いかなる・わづらはしき事ありとも夢になして只法華経の事のみさはぐらせ給うべし、 中にも日蓮が法門は古へこそ信じかたかりしが 今は前前いひをきし事既にあひぬれば よしなく謗ぜし人人も悔ゆる心あるべし、 設いこれより後に信ずる男女ありとも各各にはかへ思ふべからず たとい・いかなる・わずらわしきこと ありとも ゆめに なして ただ ほけきょう の こと のみ さわぐらせ たもうべし、 なかにも にちれんが ほうもんは いにしえ こそ しんじ かたかりしが いまは さきざき いいおきしこと すでに あいぬれば よしなく ぼうぜし ひとびとも くゆる こころ あるべし、 たとい これより のちに しんずる なんにょ ありとも おのおのには かえ おもう べからず 兄弟抄 きょうだいしょう (1080頁) 文永12年4月 (1275年) 通解(意訳) たとえ、心を煩わせるような悩みや苦難があったとしても、これを夢と思って、ただ法華経の修行のことだけを思索し、専念していきなさい。 なかでも、日蓮の法門は、以前には信じ難かったが、今は前々から言っておいたことが的中したので、理由もなく誹謗した人々も、悔いる心が起きているであろう。たとえ、これより後に法華経を信ずる男女があっても、あなた方に替えて思うことはできない。 英語で御書 Gosho in English Whatever trouble occurs, regard it as no more than a dream, and think only of the Lotus Sutra. Nichiren’s teaching was especially difficult to believe at first, but now that my prophecies have been fulfilled, those who slandered without reason have come to repent. Even if in the future other men and women become my believers, they will not replace you in my heart. " Letter to the Brothers ...

法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法共に尊し - Law does not propagating naturally.The law is propagating by the Person.

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本文 法自ら弘まらず人・法を弘むる故に人法共に尊し ほう みずからひろまらず ひと・ほうをひろむる ゆえに にんぽうともにとうとし 百六箇抄 ひゃくろっかしょう [血脈抄] けつみゃくしょう (856頁) 弘安3年1月 (1280年) 通解(意訳) 法は自然に弘まるものではない。人が法を弘めるのであるからこそ、弘める人も、弘まる法も、共に尊いのである。 英語で御書 Gosho in English The Law does not propagating naturally, the law is propagating by the Person. Therefore both of propagating person and propagate law are precious. " One Hundred and Six Articles " Writing in The Japanese Gosho, " Hyaku-Rokka-Sho " p.85 in January, 1280. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 法 自ら 弘まらず 人・法 を 弘むる 故 に人法 共 に 尊し HŌ MIZUKARA HIROMARAZU HITO・HŌ WO HIROMURU YUE NI NIN-PŌ TOMO NI TOUTOSHI 百六箇抄 HYAKU-ROK'KA SHŌ [血脈抄] KETSUMYAKU SHŌ 参考文献: 「日蓮大聖人御書全集」 「御書をひもとく」 「英語で学ぶ御書」 第三文明社 Bibliography : "The Writings of Nichiren Daishonin" "The Record of The Orally Transmitted Teachings"

妙とは蘇生の義なり - Myō means to revive

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本文 妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すは蘇る義なり みょう とは そせい の ぎ なり そせい と もうす は よみがえる ぎ なり 法華経題目抄 ほけきょうだいもくしょう (947頁) 文永3年1月6日 (1266年) 通解(意訳) (南無妙法蓮華経の)妙とは蘇生の意味である。 蘇生とは、悩んで苦しんでいる心や生命が蘇るということである。 妙とは蘇生の義なりの実証を示す 「生死」の問題は、「こうなっています。こういう理屈です」と言うだけでは、解決しない。 悲嘆にくれている。涙にむせんでいる、固く心を閉ざしている―その人のために、身を粉にし、誠実を尽くしてこそ、心を「蘇生」させられる。 「妙とは蘇生の義なり」の実証が出るのです。 ‐ 池田大作 英語で御書 英語で御書 Gosho in English Myō means to revive, that is, to return to life. " The Daimoku of the Lotus Sutra "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 149 in January, 1266. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Resuscitation means that the troubled and suffering body and mind is revive. "Myō : 妙" , This is the character of the Nam-Myoho-Renge-Kyo. Demonstration the proof of the "Myō means to revive." The problem of "life and death" cannot be solved simply by saying "This is what it is. This is the reason." Grieving, In tears, Thightly closed heart - On...

行学の二道をはげみ候べし- Exert yourself in the two ways of practice and study.

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本文 行学の二道をはげみ候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、 我もいたし人をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候、力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし ぎょうがく の にどう を はげみ そうろう べし、ぎょうがく たえなば ぶっぽう は ある べからず、 われ も いたし ひと をも きょうけ そうらえ、ぎょうがく は しんじん より おこる べく そうろう、ちから あらば いちもん いっく なりとも かたらせ たもうべし 諸法実相抄 しょほうじっそうしょう (1360頁) 文永10年5月 (1273年) 通解(意訳) 法華経(広宣流布)のために行動し、法華経のことを学んでいきなさい。行学が途絶えてしまえば、仏法はないのである。 自分も行い、人にも教えて導いていきなさい。行学は信心から起こるものである。 力があれば、行学で学んだことや体験などを、一文一句でも人に語っていきなさい。 英語で御書 Gosho in English Exert yourself in the two ways of practice and study. Without practice and study, there can be no Buddhism. You must not only persevere yourself; you must also teach others. Both practice and study arise from faith. Teach others to the best of your ability, even if it is only a single sentence or phrase.  " The True Aspect of All Phenomena "  "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 386 in May, 1273. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Jambudvīpa: All of the World. Gosho in Japanese 行学 の ...

心は是れ身の主なり - The mind is the ruler of the body.

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本文 心は是れ身の主なり 同名 同生の天 是れ能く人を守護す 心固ければ則ち強し 身の神 尚 爾なり 況や道場の神をや  こころ は これ み の ぬし なり どうみょう どうしょう の てん これ よく ひと を しゅご す こころ かたければ すなわち つよし み の かみ なお しかなり いわんや どうじょう の かみ をや 道場神守護事 どうじょうしんしゅごのこと (979頁) 建治2年12月 (1276年) 通解(意訳) 心は身の主であるから、生まれた時からその人の両肩に常にいる、同名天・同生天は、その人をよく守護するのである。 信心が堅固なときは、天の守りも強い。身の神でさえそうである。ましてや、法華経の道場である心を護る諸天善神の守護はなおさらである。 英語で御書 Gosho in English The mind is the ruler of the body. The deities Same Name and Same Birth protect people. If one’s mind is strong, then their protection is great. And if this is true of the gods who dwell on one’s body, how much truer is it of the gods who protect the place of practice! " How the Gods Protect the Place of Practice " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 668 December, 1276. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 心 は 是れ 身 の 主 なり 同名 同生 の 天 是れ 能く人 を 守護 す 心 固ければ 則ち 強し 身 の 神 尚 爾 なり 況や 道場 の 神 をや  KOKORO WA KORE MI NO NUSHI NARI DŌMYŌ DŌSHŌ NO TEN KORE YOKU HITO WO SHUGO SU KOKORO KATAK...

如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり - You will naturally become endowed with the Buddha’s thirty-two features and eighty characteristics.

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本文 此の経の信心と申すは少しも私なく 経文の如くに人の言を用ひず法華一部に背く事無ければ仏に成り候ぞ、 仏に成り候事は別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば天然と三十二相八十種好を備うるなり、如我等無異と申して釈尊程の仏にやすやすと成り候なり このきょうの しんじんと もうすは すこしも わたくしなく きょうもんの ごとくに ひとの げんを もちいず ほっけいちぶに そむくことなければ ほとけに なりそうろうぞ、 ほとけに なりそうろうことは べつのようは そうらわず、なんみょうほうれんげきょうと たじなく となえ もうして そうらえば てんねんと さんじゅうにそう はちじっしゅこうを そなうるなり、 にょがとうむいと もうして しゃくそんほどの ほとけに やすやすと なりそうろうなり 新池御書 にいけごしょ (1143頁) 弘安3年2月 (1280年) 通解(意訳) この経の信心というのは、少しも我見なく経文のとおりに、人の言葉を用いず法華経の一部に背くことがなければ、仏に成るのである。 仏に成るということは別のことではない。南無妙法蓮華経と他の事にとらわれることなく唱へていくときに自然と三十二相・八十種好を備えるのである。「我が如く等しくして異なることなし」といって釈尊のような仏に簡単に成るのである。 英語で御書 Gosho in English Faith in this sutra means that you will surely attain Buddhahood if you are true to the entirety of the Lotus Sutra, adhering exactly to its teachings without adding any of your own ideas or following the arbitrary interpretations of others. Becoming a Buddha is nothing extraordinary. If you chant Nam-myoho-renge-kyo with your whole heart, you will naturally become endowed with the Buddha’s...

虎に似たる石を射しかば 其の矢 羽ぶくらまでせめぬ - Shot an arrow at the stone he believed was the tiger. The arrow penetrated the stone all the way up to its feathers.

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本文 李広将軍と申せし・つはものは 虎に母を食れて 虎に似たる石を射しかば 其の矢 羽ぶくらまでせめぬ、後に石と見ては立つ事なし、後には石虎将軍と申しき、 貴辺も又かくのごとく 敵は・ねらふらめども 法華経の御信心 強盛なれば大難も・かねて消え候か、是につけても能く能く御信心あるべし りこうしょうぐん と もうせし・つわもの は とら に はは を くわれて とら に にたる いし を い しかば そのや はぶくら まで せめぬ、のち に いし と みては たつ こと なし、のち には せっこしょうぐん と もうしき、 きへん も また かくの ごとく てき は・ねらうめ ども ほけきょう の ごしんじん ごうじょう なれば だいなん も・かねて きえ そうろう か、これ に つけても よくよく ごしんじん あるべし 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [石虎将軍御書] せっこしょうぐんごしょ (1186頁) 弘安元年10月 (1278年) 通解(意訳) 中国の李広将軍(りこうしょうぐん)という武将は、一頭の虎に母を食い殺された辛い経験があった。 ある日、その虎が草むらにうずくまっているものを見つけた。そこで「これこそ親の仇の虎だ」と、仇討ちの一念に燃えて矢を射たところ、見事に命中した。「遂に仕留めた」と駆け寄ってみると、なんと、虎ではなく、形のよく似た石であった。しかし、矢はその硬い石を貫き羽まで突き刺さっていた。その後、矢を射ても石に刺さることはなかったという。 ある日、よく似た虎を見つけ、「母の敵討ち」という強い一念で矢を放った。 「仇討ちをやり遂げた」と駆け寄ったところ、実はそれは虎ではなく、形のよく似た石であったが、その矢は硬い石を貫き通し、矢ぶくら(矢の羽根の部分)にまで突き刺さっていた。 その後、それが虎に似た石であると気付いてからは、何度その石に矢を射ても、矢が石に刺さるということはなかったという。 このことから、後世には人々から「石虎将軍」と呼ばれるようになったのである。 あなたもまた、この故事のように、敵はあなたを襲撃しようと狙っているだろうが、法華経への信心が強盛であるので、大難も、事が起こる前に消えたのであろうか。この事を踏まえても、よくよく御本尊を信じていきなさい。 深き「一念」が、不可能を可能に 日々、人間革命に...

法華経の剣は信心のけなげなる人こそ用る事なれ - The mighty sword of the Lotus Sutra must be wielded by one courageous in faith.

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本文 但し 御信心によるべし、つるぎなんども・すすまざる人のためには用る事なし、 法華経の剣は 信心のけなげなる人こそ用る事なれ 鬼に・かなぼうたるべし ただし ごしんじん に よる べし、つるぎ なんども・すすまざる ひと の ため には もちいる こと なし、 ほけきょう の つるぎ は しんじん の けなげ なる ひと こそ もちいる こと なれ おに に・かなぼう たる べし 経王殿御返事 きょうおうどのごへんじ (1124頁) 文永10年8月 (1273年) 通解(意訳) ただし、(祈りが叶うかどうかは)信心によるのである。 剣なども、戦いに勝つために前進する勇気のない人のためには何の役にも立たない。 法華経(御本尊)という利剣は、信心の健気な人が用いる時こそ、役に立つのであり、鬼に金棒なのである。 英語で御書 Gosho in English But your faith alone will determine all these things. A sword is useless in the hands of a coward. The mighty sword of the Lotus Sutra must be wielded by one courageous in faith. Then one will be as strong as a demon armed with an iron staff. " Reply to Kyō’ō " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 412 in August, 1278. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 但し 御信心 に よるべし、つるぎ なんども・すすまざる 人 の ためには 用る 事 なし、 法華経 の 剣 は 信心 の けなげ なる 人 こそ 用る 事 なれ 鬼 に・かなぼう たる べし TADASHI GOSHINJIN NI YORU BESHI, TSURUGI NANDOMO・SUSUMAZARU HITO NO TAMENIWA MOCHI-IRU KOTO NASHI, HOKEKY...

二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり - Then two, three, and a hundred followed, chanting and teaching others.

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本文 日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、 未来も又しかるべし、是 あに地涌の義に非ずや、 剰へ広宣流布の時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし にちれん ひとり はじめ は なんみょうほうれんげきょう と となえしが、ににん・さんにん・ひゃくにん と しだい に となえ つたうる なり、 みらい も また しかるべし、これ あに じゆ の ぎ に あらずや、 あまつさえ こうせんるふ の とき は にほん いちどう に なんみょうほうれんげきょうと となえん こと は だいち を まと と する なるべし 諸法実相抄 しょほうじっそうしょう (1360頁) 文永10年5月 (1273年) 通解(意訳) はじめは日蓮一人が南無妙法蓮華経と唱えたが、二人・三人・百人と次第に唱え伝えてきたのである。 未来もまたそうであろう。これが地涌の義ではないだろうか。 そればかりか広宣流布のときは、あらゆる人達が一同に南無妙法蓮華経と唱えることは大地を的とするようなものである。 英語で御書 Gosho in English At first only Nichiren chanted Nam-myoho-renge-kyo, but then two, three, and a hundred followed, chanting and teaching others. Propagation will unfold this way in the future as well. Does this not signify “emerging from the earth”? At the time when the Law has spread far and wide, the entire Japanese nation will chant Nam-myoho-renge-kyo, as surely as an arrow aimed at the earth cannot miss the target. " The True Aspect of All Phenomena "  "The Writings of Nichiren Daisho...

蒼蠅驥尾に附して万里を渡り - A blue fly, if it clings to the tail of a thoroughbred horse, can travel ten thousand miles

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本文 蒼蠅 驥尾に附して 万里を渡り 碧蘿 松頭に懸りて 千尋を延ぶ、 弟子 一仏の子と生れて 諸経の王に事う、何ぞ 仏法の衰微を見て 心情の哀惜を起さざらんや そうよう きび に ふ して ばんり を わたり へきら しょうとう に かかりて せんじん を のぶ、 でし いちぶつ の こ として うまれて しょきょう の おう に つかう、なんぞ ぶっぽう の すいび を みて しんじょう の あいせき を おこさざらんや 立正安国論 りっしょうあんこくろん (26頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) 小さな青バエも、駿馬の尾につかまれば万里を渡ることができ、みどりのツル草は大きな松の枝先に寄り掛かれば、千尋も高く延びることができる、というたとえもある。 たとえ器は小さくとも、仏弟子である私は、第一の仏である釈尊の子と生まれて、あらゆる宗教の王である法華経に仕え信じている。 どうして仏法が衰弱していくのをみて、哀れ惜しむ心情を起こさないでいられようか。  英語で御書 Gosho in English A blue fly, if it clings to the tail of a thoroughbred horse, can travel ten thousand miles, and the green ivy that twines around the tall pine can grow to a thousand feet. I was born as the son of the one Buddha, Shakyamuni, and I serve the king of scriptures, the Lotus Sutra. How could I observe the decline of the Buddhist Law and not be filled with emotions of pity and distress? " On Establishing the Correct Teaching  for the Peace of the Land " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 17 ...

法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候 - One who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light

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本文 浄土と云うも地獄と云うも外には候はず・ただ我等がむねの間にあり、 これをさとるを仏といふ・これにまよふを凡夫と云う、これをさとるは法華経なり、 もししからば法華経をたもちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ じょうど と いう も じごく と いう も ほか には そうらわず・ただ われら が むね の あいだ に あり、 これ を さとる を ほとけ と いう・これ に まよう を ぼんぷ と いう、これ を さとる は ほけきょう なり、 もし しからば ほけきょう を たもち たてまつる ものは じごく そく じゃっこう と さとり そうろうぞ 上野殿後家尼御返事 うえのどのごけあまごへんじ [地獄即寂光御書] じごくそくじゃっこうごしょ (1504頁) 文永11年7月 (1274年) 通解(意訳) 浄土といっても地獄といっても、どこか別の場所にあるのではない。 ただ我等の胸の中に存在するのである。これを悟るのを仏といい、これに迷うのを凡夫というのである。これを悟ることができるのは法華経だけである。 したがって、法華経を受持し続ける者は、題目をあげて、自分の生命力を最大限に輝かせることで、地獄のような境涯も即ぐに光り輝く大地のような境涯(寂光土)に変える事ができる、と悟るのである。 英語で御書 Gosho in English Neither the pure land nor hell exists outside oneself; both lie only within one’s own heart. Awakened to this, one is called a Buddha; deluded about it, one is called an ordinary person. The Lotus Sutra reveals this truth, and one who embraces the Lotus Sutra will realize that hell is itself the Land of Tranquil Light.  " Hell Is the Land of Tranquil Light " "The Writings of Nichiren Daisho...