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よき人にむつぶもの・なにとなけれども心も・ふるまひも・言もなをしくなるなり - Those who associate with people of good character will consequently become upright in heart, deed, and word.

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本文 よき人に むつぶもの・なにとなけれども 心も・ふるまひも・言も・なをしく なるなり、 法華経も かくのごとし・なにと なけれども・この経を信じぬる人をば 仏のよき物と をぼすなり よきひとにむつぶもの・なにとなけれども こころも・ふるまいも・げんも・なおしくなるなり、 ほけきょうもかくのごとし・なにとなけれども・このきょうをしんじぬるひとをばほとけのよきものとおぼすなり 衆生身心御書 しゅじょうしんしんごしょ [随自意御書] ずいじいごしょ (1591頁) 年月不明 通解(意訳) 善人と親しくなる者は、特別なことはなくても、自然と心も振舞いも、言葉遣いも善くなるようなものである。 法華経もまたこのようなものである。他に特別なことはなくても、この経を信じている人を、仏は善い者だと思われるのである。 英語で御書 Gosho in English Those who associate with people of good character will consequently become upright in heart, deed, and word. The Lotus Sutra exerts a similar influence. The Buddha will look upon one who simply puts faith in this sutra as a good person. " The Bodies and Minds of Ordinary Beings " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1128 Unclear year. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese よき 人 に むつぶ もの・なに と なけれども 心 も・ふるまひ も・言 も・なをしく なるなり、 法華経 も かく の ごとし・なに と なけれども・この 経 を 信じぬる 人 をば  仏 の よき 物 と をぼす なり YOKI HOTO NI MUTSUBU MONO・NANI TO NAKEREDOMO KOKORO MO ・FURUMAI MO...

師子吼とは仏の説なり - The lion’s roar (shishi ku) is the preaching of the Buddha.

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本文 師子吼とは 仏の説なり 説法とは法華 別にしては南無妙法蓮華経なり、 師とは師匠授くる所の妙法、子とは弟子受くるところの妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり ししく とは ほとけ の せつ なり せっぽう とは ほっけ べつに して は なんみょうほうれんげきょう なり、 し とは ししょう さずくる ところ の みょうほう、し とは でし うくる ところ の みょうほう・く とは してい ともに となうる ところ の おんじょう なり 御義口伝 勧持品十三箇の大事 第五 作師子吼の事 おんぎくでん かんじぼんじゅうさんこのだいじ だいご さししくのこと ONGIKUDEN KANJIBON JU-SAN-KO NO DAIJI DAI-GO SASHISHIKU NO KOTO (748頁) 通解(意訳) 師子吼(しし く)とは、仏の説法である。説法とは法華経の事であり、つまり「南無妙法蓮華経を説く事」である。 師子吼の「師(し)」とは、師匠である仏が弟子に授ける(教える)妙法であり、「子(し)」とは、弟子が受ける(習う)妙法であり、「吼(く、ほえるの意味)」とは、師匠と弟子(師弟)が、南無妙法蓮華経と共に唱える、題目の音声の事という意味である。 「師子吼」とは、厳しい現実社会のうえで、弟子が師匠の教えの通りに実践し、師匠と共に「南無妙法蓮華経」と題目を唱え、百獣の王であるライオン(獅子:師子)のように堂々と正義を吼えて、弟子が自ら「師匠のため、広宣流布のために」と立ち上がり、戦い抜いていく事である。 英語で御書 Gosho in English The lion’s roar (shishi ku) is the preaching of the Buddha. The preaching of the Law means the preaching of the Lotus Sutra, or the preaching of Nam-myoho-renge-kyo in particular. The first shi of the word shishi, or “lion” [which means “teacher”], is the Wonderful Law that is passed on ...

蘭室の友に交りて麻畝の性と成る - You have associated with a friend in the orchid room and have become as straight as mugwort growing among hemp.

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本文 鳩 化して鷹と為り 雀 変じて蛤と為る、悦しきかな 汝 蘭室の友に交りて麻畝の性と成る はと け して たか と なり すずめ へんじて はまぐり と なる、よろこばしき かな なんじ らんしつ の とも に まじりて まほ の しょう と なる 立正安国論 りっしょうあんこくろん (31頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) 古事に「鳩化して鷹となり、雀(福良雀という、雀(すずめ)の形のような貝)が変じて蛤(はまぐり)となる」とあるように、人は善き友(善知識)と交わることで、より善い人間になることができる。 悦ばしいことに、あなたは蘭室の友(蘭の香りのように人徳の薫り高い人)に交わって感化されて、蓬(よもぎ)のように曲がりがちな性格が、真っ直ぐに育つ麻畑の中に蓬が交わって正されたように、素直で真っ直ぐな性格になれた。 蘭室の友 「対話は、慈悲の香りが相手を包み込むようでありたい。 弘教は押しつけでもなければ、組織のためでもない。 弘教は、相手の仏界をを礼拝することだから、最高に相手を尊敬する行為なのです。(中略) 相手を論破しようとしたり、こちらの勢力に取り込もうとするような対立的な心で弘教するのではないのです。 」 - 池田大作 英語で御書 Gosho in English The dove has changed into a hawk, the sparrow into a clam. How gratifying! You have associated with a friend in the orchid room and have become as straight as mugwort growing among hemp. " On Establishing the Correct Teaching for the Peace of the Land " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 23 in July, 1260. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  You were in...

御みやづかいを法華経とをぼしめせ - Regard your service to your lord as the practice of the Lotus Sutra.

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本文 御みやづかいを法華経とをぼしめせ、 「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」とは此れなり おん みやづかいを ほけきょうと おぼしめせ、 「いっさい せけんの ちせい さんぎょうは みな じっそうと あい いはい せず」とは これなり 檀越某御返事 だんおつぼうごへんじ (1295頁) 弘安元年4月 (1278年) 通解(意訳) あなたの仕事が、そのまま法華経の修行なのだと思いなさい。 法華経に「社会全般の政治・経済・産業・日常生活は皆、法華経と相反する事はない」と説かれているのは、このことである。 仕事も、日常生活も、すべてが法華経の教えの根本である「誠実な振る舞い」が基本となっているのである。  英語で御書 Gosho in English Regard your service to your lord as the practice of the Lotus Sutra. This is what is meant by “No worldly affairs of life or work are ever contrary to the true reality.” " Reply to a Believer " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 905 in April, 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  Regard your work as the practice of the Lotus Sutra. Because the work and everyday life are all based on "The Behavior of sincerely" which is the basis of the Lotus Sutra. Gosho in Japanese 御 みやづかい を 法華経 と をぼしめせ、 「一切 世間 の 治生 産業 は 皆 実相 と 相 違背 せず」とは 此れ なり ON MIYAZUKAI WO HOKE...

蔵の財よりも身の財すぐれたり - More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body

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本文 中務三郎左衛門尉は 主の御ためにも 仏法の御ためにも 世間の心ねも よかりけり・よかりけりと 鎌倉の人人の口に うたはれ給へ、 穴賢・穴賢、蔵の財よりも身の財すぐれたり 身の財より心の財第一なり なかつかささぶろうさえもんのじょう は しゅ の おんため にも ぶっぽう の おんため にも せけん の こころね も よかりけり・よかりけり と かまくら の ひとびと の くち に うたわれ たまえ、 あなかしこ・あなかしこ・くら の たから より み の たから すぐれたり み の たから より こころ の たから だいいち なり 崇峻天皇御書 すしゅんてんのうごしょ [三種財宝御書] さんしゅざいほうごしょ (1173頁) 建治3年9月 (1277年) 通解(意訳) 中務三郎左衛門尉(四条金吾)は、主君のためにも、仏法においての心がけも、世間に対する心がけについても、人間として立派な人であった、立派であったと、鎌倉の人々にいわれるようになりなさい。 おそれ多くも、蔵におさめている財産よりも、健康、技能や才能などの自分の身の財産が優れている。その身の財よりも、誠実な振舞や感謝の念などの、心の財が第一なのである。 英語で御書 Gosho in English Live so that all the people of Kamakura will say in your praise that Nakatsukasa Saburō Saemon-no-jō is diligent in the service of his lord, in the service of Buddhism, and in his concern for other people. More valuable than treasure in at storehouse are the treasures of the body,and the treasure of the heart are the most valuable of all. " The Three Kinds of Treasure " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, ...

このおとこ娑婆最後のぜんちしきなりけり - It is this husband who was your last good friend in the sahā world.

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本文 過去遠遠より女の身となりしが・このおとこ娑婆最後のぜんちしきなりけり。 *      ちりしはな・をちしこのみも・さきむすぶ・いかにこ人の・返らざるらむ。      こぞもうく・ことしもつらき・月日かな・おもひはいつも・はれぬものゆへ。 * 法華経の題目を・となへまいらせて・まいらせ候。 日 蓮 花 押 *から*は、大聖人の和歌。 かこおんのんよりおんなのみとなりしが・このおとこさいごのぜんちしきなりけり。 *      ちりしはな・をちしこのみの・さきむすぶ・いかにこひとの・かえらざるらむ。      こぞもうく・ことしもつらき・つきひかな・おもいはいつも・はれぬものゆえ * ほけきょうのだいもくを・となえまいらせて・まいらせそうろう。 にちれんおうか 妙心尼御前御返事 みょうしんあまごぜんごへんじ [相思樹御書] そうしじゅごしょ (1482~1483頁) 弘安2年11月 (1279) 通解(意訳) 過去遠遠劫より、あなたは女性として生れてきたが、(亡くなられた)今世の夫こそ、娑婆での最高の善知識(自分に良い影響を与えてくれる人)です。  散りし華・落ちし木の実も・咲き結ぶ・如何に故人の・返らざるらむ  こぞもうく・今年もつらき・月日かな・想いはいつも・晴れぬものゆえ (散った花、落ちた木の実も、再び花が咲き実を結ぶのに、どうして死んだ人は帰らないのだろう。  去年もそして今年も、辛い月日です。想いはいつも晴れないものだから。) 法華経の題目をお唱え申し上げました。 日 蓮 英語で御書 Gosho in English You have been born as a woman in countless existences since the far distant past, but it is this husband who was your last good friend in the sahā world. *      Scattered blossoms      and fallen fruit  ...

法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし - Rice that nourishes the votary of the Lotus Sutra must be rice of the utmost compassion

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本文 法華の行者をやしなうは慈悲の中の大慈悲の米穀なるべし、 一切衆生を利益するなればなり、 故に仏舎利変じて米と成るとは是なるべし ほっけのぎょうじゃをやしなうはじひのなかのだいじひのべいこくなるべし、 いっさいしゅじょうをりやくするなればなり、 ゆえにぶっしゃりへんじてこめとなるとはこれなるべし 高橋殿御返事 たかはしどのごへんじ [米穀御書] べいこくごしょ (1445頁) 年月不明 (建治~弘安が有力) (1275~78年) 通解(意訳) 法華経の行者に供養する米穀(食物)は、大慈悲の米となるであろう。なぜなら、法華経の行者は、一切衆生を妙法の功力によって恩恵を与える(=利益する)、広宣流布の実践をされているからである。  仏舎利は、一切衆生を法力によって恩恵を与えたと言われている。「仏舎利変じて米と成る」とは、その仏舎利が変じて、米穀はあらゆる衆生を利益するのである。 *寿司の米などを「シャリ」と呼ぶのは、この「仏舎利」が由来のようです。 英語で御書 Gosho in English Rice that nourishes the votary of the Lotus Sutra must be rice of the utmost compassion, because it benefits all living beings. This is what is meant by the Buddha’s relics turning into rice. " Properties of Rice " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1117 The convincing opinion is 1275 - 1278. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  As for calling rice of the sushi;"Shari", these Buddha's relics;"仏舎利 Bud-sha-ri " are like the origin...

鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ - Be spoken of by all the people of Kamakura, both high and low, or by all the people of Japan

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本文 貴辺 又 日蓮にしたがひて 法華経の行者として 諸人にかたり給ふ 是れ 豈 流通にあらずや、 法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば 火をえず、 強盛の大信力をいだして 法華宗の四条金吾・四条金吾と 鎌倉中の上下万人 乃至 日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ きへん また にちれん に したがいて ほけきょう の ぎょうじゃ として しょにん に かたりたもう これ あに るつう に あらずや、 ほけきょう の しんじん を・とおしたまえ・ひ を きる に・やすみぬれば ひ を えず、 ごうじょう の だいしんりき を いだして ほっけしゅう の しじょうきんご・しじょうきんご と かまくらじゅう の じょうげばんにん ないし にほんごく の いっさいしゅじょう の くち に うたわれたまえ 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [煩悩即菩提御書] ぼんのうそくぼだいごしょ (1117~1118頁) 文永9年5月 (1272年) 通解(意訳) あなた(四条金吾)もまた、日蓮に従って、法華経の行者として信心の素晴らしさを様々な人に語られている。これこそまさに広宣流布ではないか。 法華経の信心を貫き通しなさい。火を起こすのに、その作業を途中で休んでしまえば火は得られない。強盛な信心を取り出して、法華宗(日蓮仏教)の四条金吾・四条金吾と、鎌倉中の上下万人、そして日本国の全ての人々が口にするようになっていきなさい。 英語で御書 Gosho in English Following me, you, as a votary of the Lotus Sutra, have told others of this Law. What else could this be but the transmission of the Law? Carry through with your faith in the Lotus Sutra. You cannot strike fire from flint if you stop halfway. Bring forth the great power of faith, and be spoken of by all the people of Kamaku...

心は是れ身の主なり - The mind is the ruler of the body.

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本文 心は是れ身の主なり 同名 同生の天 是れ能く人を守護す 心固ければ則ち強し 身の神 尚 爾なり 況や道場の神をや  こころ は これ み の ぬし なり どうみょう どうしょう の てん これ よく ひと を しゅご す こころ かたければ すなわち つよし み の かみ なお しかなり いわんや どうじょう の かみ をや 道場神守護事 どうじょうしんしゅごのこと (979頁) 建治2年12月 (1276年) 通解(意訳) 心は身の主であるから、生まれた時からその人の両肩に常にいる、同名天・同生天は、その人をよく守護するのである。 信心が堅固なときは、天の守りも強い。身の神でさえそうである。ましてや、法華経の道場である心を護る諸天善神の守護はなおさらである。 英語で御書 Gosho in English The mind is the ruler of the body. The deities Same Name and Same Birth protect people. If one’s mind is strong, then their protection is great. And if this is true of the gods who dwell on one’s body, how much truer is it of the gods who protect the place of practice! " How the Gods Protect the Place of Practice " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.2, p. 668 December, 1276. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 心 は 是れ 身 の 主 なり 同名 同生 の 天 是れ 能く人 を 守護 す 心 固ければ 則ち 強し 身 の 神 尚 爾 なり 況や 道場 の 神 をや  KOKORO WA KORE MI NO NUSHI NARI DŌMYŌ DŌSHŌ NO TEN KORE YOKU HITO WO SHUGO SU KO...

「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」 - “If there are those who hear the Law, then not a one will fail to attain Buddhahood.”

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本文 経に云く「若し法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無し」云云、 文の心は 此の経を持つ人は 百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成ると申す文なり きょう に いわく「もし ほう を きく こと あらん もの は ひとり と して じょうぶつ せざる こと なし」うんぬん、 もん の こころ は この きょう を たもつ ひと は ひゃくにん は ひゃくにん ながら・せんにん は せんにん ながら・ひとり も かけず ほとけ に なる と もうす もんなり 上野尼御前御返事 うえのあまごぜんごへんじ [鳥竜遺竜事] おりょういりょうのこと (1580頁) 弘安4年11月 (1281年) 通解(意訳) 法華経には「もし法華経を聞く事が有る者は、一人として成仏しないことはない」(若有聞法者無一不成仏:にゃくうもん ぽう しゃ む いち ふ じょう ぶつ)と書かれている。 この文章の意味は、法華経を受持する人は、誰もが自身の無限の可能性を開き、幸福な境涯をつかむことができるという文なのである。 英語で御書 Gosho in English The sutra states, “If there are those who hear the Law, then not a one will fail to attain Buddhahood.” This passage means that, if there are a hundred or a thousand people who uphold this sutra, without a single exception all one hundred or one thousand of them will become Buddhas.  " Wu-lung and I-lung " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 1099 November, 1281. [ --- ] is liberal translation. Gosho in Japanese 経 に 云く「若し 法 を 聞く こと 有らん 者 は 一 と して 成仏...

志有らん人人は互に之を語れ - Those who are serious in their resolve should discuss it with one another.

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本文 当に知るべし 三人に日蓮を入れ 四人と為して 法華経の行者 末法に有るか、喜い哉 況滅度後 の 記文に当れり 悲い哉 国中の諸人 阿鼻獄に入らんこと (中略) 一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ まさに しるべし さんにんに にちれんを いれ よにんと なして ほけきょうの ぎょうじゃ まっぽうに あるか、 うれしいかな きょうめつどごの きぶんに あたれり かなしいかな くにじゅうの しょにん あびごくに はいらんこと (ちゅうりゃく) いっさいの しょにん これを けんぶんし こころざし あらん ひとびとは たがいに これを かたれ 法華行者逢難事 ほっけぎょうじゃほうなんじ (967頁) 文永11年1月 (1274年) 通解(意訳) (日本のあらゆる衆生は、)今まさに知るべきである。教主釈尊、中国の天台大師、日本の伝教大師の三人の法華経の行者に日蓮を入れて四人として、日蓮こそ末法に出現した法華経の行者であることを。なんと喜ばしいことだろう、「況や滅度の後をや」の経文に我が身が当たっているのである。なんと悲しいことだろう、国中の人々が無間地獄に入るであろうことは。 (中略) 全ての日蓮門下の人々は、この書をよく見聞きして、日蓮の弟子たる志ざしのある人々は、互いにこの手紙の内容について語りあいなさい。 *況滅度後: 「悠多怨嫉・況滅度後」の一部。「釈尊が生きている時代であっても、怨み嫉む者が多かった」「釈尊の滅後は言うまでもなく、さらに法華経の行者は怨み、妬まれる」の意。 英語で御書 Gosho in English Truly you should know that, adding Nichiren to the other three, there is now a fourth votary of the Lotus Sutra who has appeared in the Latter Day of the Law.  How glad I am to fulfill the words of prophecy from the sutra: “How much more will this be so after his passing?” How sad I feel that a...

「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」 - “The stronger one’s faith, the greater the protection of the gods.”

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本文 されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、 人の心かたければ 神のまほり必ずつよしとこそ候へ、 是は御ために申すぞ 古への御心ざし申す計りなし・其よりも 今 一重強盛に御志あるべし されば みょうらくたいし のたまわく 「かならず こころ の かたき に よりて かみ の まもり すなわち つよし」とう うんぬん、 ひと の こころ かたければ かみ の まほり かならず つよし と こそ そうらえ、 これ は おん ため に もうす ぞ いにしえ の おん こころざし もうす ばかり なし・それよりも いま いちじゅう ごうじょう に おん こころざし あるべし 乙御前御消息 おと ごぜん ごしょうそく [身軽法重抄] しんきょうほうじゅうしょう  (1220頁) 建治元年8月 (1275年) 通解(意訳) (諸天善神が法華経を信ずる人を守護することは間違いないとの道理と先例を挙げて) それゆえに、妙楽大師は「心が堅固であれば、必ず神の守りも強いのである」と言われている。 その人の信心が固ければ、諸天善神の守りは必ず強い、ということである。 これは、あなたのために申し上げるのである。これまでのあなたの信心の深さは、言い表すことができない。しかし、それよりもなお一層、強盛に信心をしていきなさい。 英語で御書 Gosho in English That is why the Great Teacher Miao-lo stated, “The stronger one’s faith, the greater the protection of the gods.” So long as one maintains firm faith, one is certain to receive the great protection of the gods. I say this for your sake. I know your faith has always been admirable, but now you must strengthen it more than ever.  " The Supremacy of the Law " "The W...

言わずんばある可からず恐れずんばある可からず - I cannot keep silent on this matter. I cannot suppress my fears.

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本文 世 皆 正に背き 人悉く 悪に帰す、故に善神は 国を捨てて相去り 聖人は 所を辞して還りたまわず、 是れを以て 魔来り 鬼来り 災起り 難起る 言わずんば ある可からず 恐れずんば ある可からず よ みな しょう に そむき ひと ことごとく あく に きす、ゆえ に ぜんじん は くに を すててあい さり しょうにん は しょ を じ して かえり たまわず、 これ を もって ま きたり おに きたり わざわい おこり なん おこる いわずんば ある べからず おそれずんば あるべからず。 立正安国論 りっしょうあんこくろん (17頁) 文応元年7月 (1260年) 通解(意訳) 世の人々は皆、正法に背き、ことごとく悪法に帰している。それゆえに、守護すべき善神はことごとく国を捨て去ってしまい、聖人はこの地を去って他の所へ行ったまま帰って来ない。 そのために(善神・聖人にかわって)魔が来て、鬼神が来て、災いが起こり、難が起こるのである。 実にこのことは、声を大にして言わなければならないことであり、恐れなくてはならないことである。 英語で御書 Gosho in English The people of today all turn their backs upon what is right; to a person, they give their allegiance to evil. This is the reason that the benevolent deities have abandoned the nation and departed together, that sages leave and do not return. And in their stead devils and demons come, and disasters and calamities occur. I cannot keep silent on this matter. I cannot suppress my fears. " On Establishing the Correct Teaching  for the Peace of the Land ...

今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願しぬ - I vowed to summon up a powerful and unconquerable desire for the salvation of all beings and never to falter in my efforts.

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本文 今度・強盛の菩提心を・をこして 退転せじと願しぬ。 既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、 少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり こんど・ごうじょう の ぼだいしん を・おこして たいてん せじ と がんしぬ。 すでににじゅうよねんがあいだ・このほうもんをもうすにひび・つきづき・ねんねんになんかさなる、しょうしょうのなんは・かずしらずだいじのなん・よんどなり 開目抄・上 かいもくしょう・じょう KAIMOKUSHŌ・JŌ [人本尊開顕書] [人本尊開顕の書] にんほんぞんかいけんのしょ (200頁) 文永9年2月 (1272年) 通解(意訳) このたびこそ、仏の悟りを得ようとの強盛な求道心(大菩提心)を起こして、いかなる大難に遭っても、決して退転しないと誓願したのである。 (立宗宣言以来)すでに20年余りの間、この法華経の法門を申してきたが、日々、月々、年々に難が重なっている。 少々の難は数知らず、大きな難が四度あった。 英語で御書 Gosho in English I vowed to summon up a powerful and unconquerable desire for the salvation of all beings and never to falter in my efforts. It is already over twenty years since I began proclaiming my doctrines. Day after day, month after month, year after year I have been subjected to repeated persecutions. Minor persecutions and annoyances are too numerous even to be counted, but the major persecutions number four. " The Opening of the Eyes " Part I " The Writings of Nichiren Daishonin ", Vol.1, p.240 in Febr...

悪は多けれども一善にかつ事なし - Though evils may be numerous, they cannot prevail over a single great truth

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本文 日本国の 人人は 多人 なれども 体同異心 なれば 諸事 成ぜん事 かたし、 日蓮が 一類は 異体同心 なれば 人人すくなく 候へども 大事を 成じて・一定 法華経 ひろまりなんと 覚へ候、 悪は 多けれども 一善に かつ事なし、譬へば 多くの火 あつまれども 一水には きゑぬ、此の一門も 又 かくのごとし にほんこくのひとびとはたにんなれどもたいどういしんなればしょじじょうぜんことかたし、 にちれんがいちるいはいたいどうしんなればひとびとすくなくそうらえどもだいじをじょうじて・いちじょうほけきょうひろまりなんとおぼえそうろう、 あくはおおけれどもいちぜんにかつことなし、たとえばおおくのひあつまれどもいっすいにはきえぬ、このいちもんもまたかくのごとし 異体同心事 いたいどうしんじ (1463頁) 年不明、8月11日 文永末、建治、弘安説あり (1274、1275、1279年) 通解(意訳) 今の日本の人々は大人数ではあっても、体同異心(たいどういしん・人数は多いが心が一つになっていない)、何事も成し遂げる事が難しい。 日蓮の一門は異体同心(いたいどうしん・人数は少ないが心は一つである)であるから、人数は少ないけれども大事(だいじ)を成し遂げ、必ず法華経は広まるであろうと思うのである。 悪は多くても一善に勝つことはない。例えば、多くの火が集まっても、たった一水(一度の雨)で消えてしまう。この日蓮の一門もまた同様である。 英語で御書 Gosho in English Though numerous, the Japanese will find it difficult to accomplish anything, because they are divided in spirit. In contrast, although Nichiren and his followers are few, because they are different in body, but united in mind, they will definitely accomplish their great mission of widely propagating the Lotus Sutra. Though evils ma...

なにの兵法よりも 法華経の兵法をもちひ給うべし - Employ the strategy of the Lotus Sutra before any other.

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本文 なにの兵法よりも 法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、 兵法 剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候 なに の へいほう より も ほけきょう の へいほう を もちい たもう べし、「しょよ おんてき・かいしつ さいめつ」の きんげん むなし かる べからず、 へいほう けんぎょう の だいじ も この みょうほう より いでたり,ふかく しんじん を とり たまえ、あえて おくびょう にて は かなう べからず そうろう 四条金吾殿御返事 しじょうきんごどのごへんじ [法華経兵法事] ほけきょうへいほうじ [剣形書]   けんぎょうしょ (1193頁)  弘安2年10月  (1279年)  通解(意訳) どのような策や方法よりも、信心によって智慧を引き出す「法華経の兵法」を用いていきなさい。 法華経を信受している者の成仏を妨げようとする、あらゆる魔の働きは、すべて信心の功徳で滅ぼすことができるのである(諸余怨敵・皆悉摧滅 しょ よ おん てき ・かい しつ さい めつ)。 教主釈尊の御金言が決して空しいはずがない。信心によって乗り越えられない苦難はないのである。 すべての世法も技術も、「心こそ大切なれ」という妙法の思想から生まれ出たものである。 いかなる逆境にあっても、題目を唱えて智慧を頂き、その智慧と御本尊の妙法の力を信じ抜いて、努力を惜しまず、前進する勇気をもって行動していきなさい。 信心も行動も、臆病であっては何事も成就することはできないのである。 英語で御書 Gosho in English Employ the strategy of the Lotus Sutra before any other. “All others who bear you enmity or malice will likewise be wiped out.” These golden words will never prove false.  The heart of strategy and swordsmanship derives from the Mystic Law. Have ...

軍には大将軍を魂とす - In battles soldiers regard the general as their soul.

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本文 軍には大将軍を魂とす 大将軍をくしぬれば歩兵臆病なり いくさには だいしょうぐんを たましいとす だいしょうぐん おくしぬれば ほへい おくびょうなり 乙御前御消息 おと ごぜん ごしょうそく [身軽法重抄] しんきょうほうじゅうしょう  (1219頁) 建治元年8月 (1275年) 通解(意訳) 戦の際、軍には大将軍を魂として、将軍の采配次第で勝負が決まる。その大将軍が臆病になってしまえば、その部下の兵達も同じように、ことごとく臆病になってしまう。 広宣流布の戦い 広宣流布の戦いにおいては、リーダーが生命力豊かに、自ら率先して戦いに挑み、 また個人も自らがリーダーの気概を以って、心を合わせて戦っていかなければならない。 - 池田大作 英語で御書 Gosho in English In battles soldiers regard the general as their soul. If the general were to lose heart, his soldiers would become cowards.  " The Supremacy of the Law " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 613 in August, 1275 [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  In the  Battle of KOSEN-RUFU. In the Battle of Kosen-Rufu, the leaders need to take the initiative in fighting with full of vitality. And, each individuals also need to fight together with the leaderships. - Daisaku Ikeda Gosho in Japanese 軍 には 大将軍 を 魂 とす 大将軍 をくし ぬれば 歩兵 臆病 なり IKUSA NIWA DAI-SHŌGUN WO TAMASHII...

湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり - praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground.

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本文 何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと 湿れる木より火を出し 乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり いかなる よ の みだれ にも おのおの おば ほけきょう・じゅうらせつ・たすけたまえ と しめれる き より ひ を いだし かわける つち よち みず を もうけん が ごとく ごうじょう に もうす なり 呵責謗法滅罪抄 かしゃくほうぼうめつざいしょう (1132頁) 文永10年 (1273年) 通解(意訳) どのような世の乱れが起きても、あなた方お一人お一人の弟子達の事を、「法華経・十羅刹女(あらゆる諸天善神)よ、彼らを守護し、助けたまえ」と、湿っている木に火を出し、乾いた土から水を出すような思いで、強盛に祈っている。 英語で御書 Gosho in English I am praying that, no matter how troubled the times may become, the Lotus Sutra and the ten demon daughters will protect all of you, praying as earnestly as though to produce fire from damp wood, or to obtain water from parched ground. " On Rebuking Slander of the Law and Eradicating Sins " "The Writings of Nichiren Daishonin", Vol.1, p. 435 in 1273. [ --- ] is liberal translation. Interpretation (liberal translation)  The Ten Demon Daughters: The Goodness Gods, protection to The Believer of The Lotus Sutra. Gosho in Japanese 何なる 世 の 乱れ にも各各 をば 法華経・十羅刹・助け 給へ と 湿れる 木 より 火 を 出し 乾ける 土 より 水 を ...